類体論についてのメモ
目次
「エルブラン商とエルブランの補題についてのメモ」の補足のようなもの。
エルブランの補題は類体論の基本定理「アーベル拡大体は類体である」の証明で使われるので、そのための断片的な類体論の説明。
ガロア拡大と類体の比較からはじめる。
1. ガロア拡大
体の拡大があるとする。体の拡大次数はと書かれる。
※ 「がに拡大されること」と「拡大して得られた体」の両方に対して、「拡大」という言葉やという記号が使われる。
体の自己同形写像のうちの要素は動かさないようなもの全体をと表すことにする。普通はと書くけど、ここでは添字を使うのをなんとなく避けた。
は、体の拡大が持っている対称性、とも解釈できる。
自己同型写像の個数と拡大次数の間にはつねに
ここで自己同型写像の個数が最大限あるとき(=拡大の対称性が最も高いとき)、この拡大をガロア拡大という。つまりがガロア拡大であるとき、はと書かれてガロア群と呼ばれる。
がガロア拡大であるとき、拡大の中間体とガロア群の部分群とが(大小関係を逆転して)対応する、というのがガロア理論の基本的な主張。
- ガロア拡大のとき次の対応関係がある: の中間体 ⇔ の部分群
そしていったんガロア理論の結論が得られたあとでは、ガロア拡大とは「中間体のことが自己同型群によってよく判るような拡大である」と説明することもできる。
なので「ガロア拡大」の説明として二つの言い方ができる。
また部分群の指数を使うと、ひとつ目の説明は、
- ガロア拡大とは、となる拡大のことである。
と表現することもできる。
これを踏まえて類体論を見る。
2. 類体の説明
類体論で証明される結果をあらかじめ踏まえると、「類体」について次のような3つの説明をすることができる。
このとき、は類体である、は上の類体である、などという。
はに対する類体である(に対する類体)、という言い方もする。
もちろんこれだけ見ても何を言っているのかは全然判らない。
まず、素イデアルや合同イデアル類群や1番目の説明に出てくるや等式の左辺に出てくる項は代数的整数論に関わるもの。
「代数的整数」の世界では普通の整数の世界のように素因数分解の一意性が成り立つとは限らないので、そのために出てくるのが「イデアル」だと大雑把にとらえておく。代数的整数論では、素数の代わりに「素イデアル」の性質を調べることになる。また正確には、いわゆるイデアルだけでなく「分数イデアル」というのも出てくるのだけど、細かなディテールはごまかすことにする。
「素イデアルの分解の仕方が合同イデアル群によって判る」の説明
2番目の説明に出てくる「素イデアル(≒素数)の分解の仕方が合同イデアル群によって判る」というのは、もっと雑にいうと「素数のことが余りで判る」ということ。
これは次のような性質とも関係している。
- 素数pが整数数列の素因数として現れるかどうかは、素数pをで割った余りまたはで割った余りで決定される(平方剰余の相互法則から判る)。
- 素数pがの形で表すことができるかどうかは、pを4で割った余りで決まる。
- より一般にの形で表すことができるかどうかは、余りで完全に決まるようなとそうでないものがある。余りで完全に決まる場合は類体論の支配する範囲内にある。
「余り」を、数ではなくイデアルに対して考えるために「合同イデアル群」が出てくる。
「合同イデアル群」というのは大雑把にいうと、あるで割ったときの「余り」に基づいてイデアルを分類して、いくつかの種類を選び出して集めた集合のこと。
なので、2番目の説明は
と言い換えることができる。
それから「素イデアル(≒素数)の分解」というのは次のようなこと。
類体の定義から判るように、類体は体の拡大と関係している。
体がからに拡大されたとき、整数(代数的整数)の範囲もからに広がる。するとではそれ以上分解されなかった素数や素イデアルが、では分解されてしまうということが起こる。例えばの素数は、では素数ではなくなってと分解される。
体を拡大したときに素数や素イデアルがどう分解されるのか、というは代数的整数論で知りたい大事なことのひとつ。
そして類体の説明によれば、類体では素イデアルの分解の仕方が「余り」によって決まる。
素数の分解と余りによる類別の例
とする。
の整数は普通の整数になり、の整数はアイゼンシュタイン整数になっている。
整数の素数(つまり普通の素数)のうち、3で割ったとき1余る素数は、アイゼンシュタイン整数の世界に移ると二つの素数に分解する。
一方、3で割った余りが2の素数は、アイゼンシュタイン整数の世界でも分解せず素数のまま。
また3で割った余りによる分類で特殊な位置にある素数3は、特殊な分解の仕方(分岐)をする。
この場合、m=3として
- …… 3と互いに素な数(=3で割ったとき余りが1か2になる数)
- …… 3で割ったとき余りが1になる数
となる(ただし本当は数ではなくイデアルで考えるので、これは実際には正しくなくてイデアルによる形に言い直す必要がある)。
次に、の場合を考える。すると、整数の素数(普通の素数)のうち、4で割った余りが1の素数はガウス整数の世界では二つの素数に分解し、4で割って3余る素数はガウス素数の世界でも素数のままになる。2は特殊な分解をする。
この場合は、m=4で
- …… 4と互いに素な数(=4で割ったとき余りが1か3になる数)
- …… 4で割ったとき余りが1になる数
となる。
このように素数の分解の様子が余りで決まる特別な拡大体が類体なので、やは、上の類体になっている。
ただしこれらの例では素因数分解の一意性が成り立っているけれど、一般には素因数分解の一意性は成り立たなくなるので、実際に類体を考える場合は、数ではなく「イデアル」を使って、素数ではなく「素イデアル」の分解を考える。
また「余りによる類別」というのも、イデアルについて考える場合は数のときよりも複雑なことをしないといけなくなる(数とイデアルの両方が関わりさらに符号分布(無限素点)というものも考える必要がある)。
3. 類体論の主な定理
類体とは次のようなものだった。
類体論を証明する上では、(1)を類体の定義として、
- 基本定理: アーベル拡大体は類体である。
- 分解定理: 類体では、素イデアルの分解の仕方は合同イデアル群によって定まる。
(特に合同イデアル群に含まれる素イデアルは「完全分解」する(体の拡大次数個の異なる素イデアルに分解する))
が証明される(さらに類体論の他の結果も使って(1)と(2)と(3)が同値性が示される)。
類体は、他にもいろいろな性質を持っている。
特に重要(で証明がたいへん)なのは、同型定理、一般相互法則、存在定理など。
- 同型定理: が、に対する類体であるとき、が成り立つ。
つまり素イデアルの分解法則のことを教えてくれるとは、類体のガロア群のことも教えてくれる。
さらに同型定理を精密化した次が成り立つ。
これだけだと一般相互法則の重要性は見えてこないけれど、これから分解定理が導かれるし、もし一般相互法則の証明に同型定理を使っていないなら、同型定理も証明される。また名前が示すように、巾乗剰余の相互法則も一般相互法則を使って証明できる。
- 存在定理: 合同イデアル群を任意にとったとき、それに対する類体が必ず存在する。
ここまで合同イデアル群について具体的な説明をしていないけれど、とりあえず次のようなもの。
任意にを選ぶとと(ここで初登場の)という群が定まる(このによって、で割った余りによるもっとも細かいイデアル類別がなされる)。
(やが群であるためには、単なるイデアルだけでなく「分数イデアル」も含めて考えないといけない。すでにいろいろとごまかして書いているけれど一応の注意)
このときとなる群を合同イデアル群という。類体の定義に出てくるは必ず合同イデアル群になる。
存在定理は、任意にを取って、素イデアルの分解の仕方を合同類別によって指定したとき(つまり分解の仕方を、割るとそれに基づく類別によって指定したとき)に、その分解の仕方をする拡大体が必ず存在することを主張している、と考えることができる(さらにそのような分解をする拡大体は唯一であることも類体論から出る)。
ただし存在定理は「存在する」と言っているだけで、類体が具体的にどの体なのかについては何も言ってくれない。
4. エルブランの補題の使われるところ
ようやく本題。
類体論の証明で大変な部分は、おおむね
- 基本定理
- 同型定理、一般相互法則
- 存在定理
になる。エルブランの補題は、基本定理「アーベル拡大は類体である」を証明するときに使われる。
類体の定義に戻れば、基本定理は次のような主張になる。
- ガロア拡大に対して常に、となる(第2不等式、基本不等式)。
- アーベル拡大では、を最大にするで、となる(第1不等式)。
ここで「第2」と「第1」の付け方は歴史的な事情による。
第2不等式はゼータ関数を使って解析的に証明される。
一方、第1不等式は、合同イデアル群や単数群についてくわしく調べることによって証明される。エルブランの補題は、この第1不等式の証明で使われる(高木貞治『代数的整数論』では、補題を使ってもなお不等式の証明に20ページ近くかかっている)。
以上、本題終わり。
5. 文献
類体論は最初は、高木貞治『代数的整数論』のようにイデアルを使って述べられていたけれど、今ではイデアルではなくイデールを使って述べられることが多い。
イデアルとイデールは次のような感じで対応している。
- 素イデアル ⇔ 有限素点 ⇔ (狭義の)局所体 (実数体や複素数体は含めない)
- 素イデアル+符号分布 ⇔ 素点(付値の同値類)(有限素点+無限素点) ⇔ 局所体
- イデアル(素イデアルを有限個掛け合わせたもの)+符号分布 ⇔ イデール(局所体を(有限的な制限付きで)直積して作った集合、の要素)
でもここではイデールではなく古典的にイデアルで類体論を扱っているもの。
- 河田敬義『数論―古典数論から類体論へ』: 第13章(40ページくらいの分量)でかなりくわしく類体論を解説している。
- 足立恒雄『類体論へ至る道』: 一見読み物風だけど、最終章の類体論の部分を除けば定理の証明もかなり書かれていて代数学(整数論やガロア理論を含む)の教科書的な面もある。その分、読むのがつらくなってもいる。
- 小野孝『数論序説』: アルティン写像に関する章が特に類体論に関係している。
- 足立恒雄、三宅克哉『類体論講義』: イデアルとイデールの両方で類体論を扱っている。第II部は類体論の歴史(前史としての数論と方程式論の歴史も扱われている)。
- 河田敬義『数学の歴史 VIIa 19世紀の数学 整数論』: この本の大部分が類体論前史のような面もある。
6. 補足: 合同イデアル群についての説明
何度も「合同イデアル群」という言葉が出てきているので一応の説明を書いておく。詳細はかなりごまかすけれど。
6-1. 数とイデアルのズレ
代数的整数論では、普通の整数(有理数体に含まれる代数的整数)だけでなく、「整数」の範囲を広げて、さまざまな代数体に含まれる代数的整数を研究対象とする。
代数的整数環では素因数分解の一意性は一般には成り立たなくなるので(成り立つこともある)、数ではなくイデアルの分解(素イデアル分解)を考える。数からイデアルの世界に移れば、素因数分解の一意性の代わりに素イデアル分解の一意性が成り立ってくれる。
そしてイデアルが導入されると、数とイデアルとの間にどのくらい「ズレ」があるかを知ることが重要の問題になる。
例えば普通の整数やガウス整数やアイゼンシュタイン整数では、素因数分解の一意性も素イデアル分解の一意性もどちらも成り立つので、数とイデアルとのズレは小さい。しかし一般には素因数分解の一意性は成り立つとは限らない(一方、素イデアル分解の一意性は常に成り立っている)。そのようなでは、数とイデアルとのズレが大きいと考えられる。
このような数とイデアルのズレのことをよく知るというのが、代数的整数論の課題のひとつになる。
このズレは特に「イデアル類群」というものに現れるので、その性質を知ることが重要な問題になる(イデアル類群は「ideal Class group」なので記号としてCやClが使われる)。
このイデアル類群というのは、イデアル全体を単項イデアル群というものを使って分類して作った群で、分類の個数(類数と呼ばれる)が大きいほど、数とイデアルの「ズレ」が大きいと考えられる。
逆にイデアル全体がひとつの種類に分類されてしまうとき(すなわち類数が1のとき)は、数とイデアルの「ズレ」は最も小さくて、素因数分解の一意性が成り立つ。
6-2. 単項イデアルとイデアル類群
イデアル類群についてもう少し詳しく説明する。
のイデアル全体(正確には分数イデアル全体)をと書くのだった。
そのの要素のなかには、数に「近い」タイプのイデアルが存在する。それはを使ってと書ける種類のイデアルで、「単項イデアル」と呼ばれる。このの記号の意味は説明しない。そもそもイデアルが何なのかの説明していないけど(→ 「素因数分解の一意性とイデアルについて」)。
イデアルのうち単項イデアル全体はと表され、単項イデアル群と呼ばれる(単項イデアルは「主イデアル」(Principal ideal)とも呼ばれるので記号にPが使われる)。これについて当然
ところがとして例えば普通の整数やガウス整数やアイゼンシュタイン整数を取ると、となる。これら3つの場合に限らず
逆に言えば、イデアル全体と単項イデアルとの差が大きいほど、数とイデアルのズレが大きいと考えられる。そこで単項イデアルを使っての要素たちを分類する。
次のようにする。ふたつのイデアルが同じ類に属するのは、それぞれに単項イデアルをかけて等しくできるとき、つまりとなるがあるときだと決める。
この類別関係によっての要素を分類したものはと書かれる。この集合はを単位元とする群と考えることができるので、「イデアル類群」と呼んでと書かれる。よって
6-3. ヒルベルトの類体
ような拡大体だった(この性質だけでなく他の性質も予想した)。
通常の類体との比較でいうと、上の絶対類体は
という類体になる(1で割って分類しているので、「余り」による分類が関係してこない)。
類体論の分解定理によれば、素イデアルの分解の仕方はによって決まる。これはイデアル類群の類別で決まると言うのと同じことになる。
また同型定理から、となる。
6-4. 合同イデアル群
イデアル全体は単項イデアル群によって類別することができて、これらを使って特殊な種類の類体(絶対類体)を考えることができた。
でも一般の類体を考えるには、もっと細かな類別が必要で、そのためにをさらに「余り」によって細分する。余りで細分するために、イデアルを取って、数に対する合同関係
次のようにする。
まずに含まれるイデアルのうち、と互いに素なものだけを残してとする。
同様にに含まれるイデアル(すなわち単項イデアル)のうち、と互いに素なものだけを残してとする。
この操作によってイデアルを取り除いても、分類の個数は変わらず、
ここからをさらに細分する。
は、の任意の数から単項イデアルをまず作って、それからと素なものを残している。それを変更して、単項イデアルを作るときに、特定の数だけを使うようにする。
具体的には、で割った余りが1になる数だけを使って単項イデアルを作る。
このときmと素という条件は自動的に満たされて、となる。
この集合はシュトラール群(Strahl、英語だとray)というのだけど、どういうニュアンスでこの名前なのかは判らない。
名前はともかく、このようにしてよりももっと細かいが得られた。
そしてこのとき
そしての素イデアル分解の仕方が合同イデアル群で判るような拡大体を、に対する類体というのだった。
6-5. 符号分布
こうして合同イデアル群が一応説明されたのだけど、まだ問題がある。
例えばとする。すると、10で割った余りのうち、10と互いに素なものは1、3、7、9なので、のイデアルも4通りに分類されると考えたくなる。
でも、-9を10で割った余りは1なので-9と1は同じ種類になる。なので、それらが作るイデアル(-9)と(1)も同じ種類に分類される。そして(9)と(-9)は同じイデアルなので、結局のところ(9)と(1)が同じ種類に分類される。同じように考えて(3)と(7)も同じ種類になるので、イデアルの分類は4通りではなく2通りになってしまう。
このように数からイデアルに移るところで、分類が荒くなっている。
そのため、さらに「符号分布」という条件も付け加えて考える(符号条件は「無限素点」とも呼ばれる)。この符号分布というのは、
そして記号を一般化して、という記号は、単にイデアルを表しているのではなく、符号分布についての条件も含んでいるものとして使われる。