スピンと群の表現

1. スピンの特殊さ

1.1. 物理系の回転

スピンというのは、電子や陽子、中性子といった粒子自身が持っている角運動量のこと。
(スピンの角運動量の値が離散的な値を取るのは特にスピン特有の話ではなく量子力学一般に現れる特徴なので、それは置いといて、) スピンを持つ系は、回転変換に対して他では見られない次のような性質を持っている。

物理系を回転させると、その回転に応じて物理量も変換されていく。(回転を考える時、「1. 実際に物理系を回転させる」、「2. 系自体は動かさず座標軸を回転させる」という2種類の回転が考えられるけど、ここでは1.の実際の回転を考えている*1。)
矢印で表されるベクトル(速度とか)を考えると回転に応じて矢印の指す向きが変わる。ベクトル場(流れの場だったり電場、磁場)を考えると、回転によって各点が移動する+移動した先でのベクトルの向きの変化が起こり新しいベクトル場が得られる。応力テンソルだったり弾性率テンソルなんかも、矢印のような視覚的なイメージは作りにくいけど、回転に応じて変換が起こる。
また(スピンを考慮していない)量子力学を見ても、物理系を回転させれば、それに応じて状態ベクトル(波動関数)は変換されるし、演算子(例えばある方向の角運動量を測る演算子)も変換される。(回転によって、状態ベクトル|ψ>が U|ψ> に変換されるなら、演算子AはUAU-1に変換される。)

このように、系が回転すると、さまざまな量や場は変換されるのだけど、これらはどれも

 360度回転させると、もとの状態に戻る。

というごく当たり前の(と思える)性質を持っている。

ところが(半整数値の)スピンを持つ粒子の状態ベクトル波動関数は、360度回転させた時にもとの状態に戻らず、

 |ψ> →(360度回転)→ -|ψ> (マイナス符号が付く) →(さらに360度回転)→ |ψ>

のように、2回転してようやくもとの状態に戻る。
つまり、それまで物理で扱われてきた量には見られなかった新たな性質が現れている。
(ただしスピンに関われば何でもこの性質を持つというわけではない。スピンのn方向の角運動量演算子Snを360度回転させると、マイナス符号はつかずSn自身に戻る。)

1.2. スピンに関する実験

ところで、この性質について

 「360度回転させてもとに戻らないといっても、状態ベクトル波動関数の符号が変わっただけにすぎず、観測で意味があるのはその絶対値なので、1回転させてもとに戻らないという性質は観測には現れない」

のように説明されることがあるけれど、そうではない。

次のような実験が行われている。
入射する中性子(スピン1/2を持つ)を散乱させいったん2つの経路に分けてから、ふたたび合流させ干渉の強さを測る。(二重スリットによる電子の干渉実験の類似だと考えればよい。) このとき、片方の経路上でだけ磁場をかけスピン角運動量に対して歳差運動を起こすと合流したときの干渉の度合いが変わる。これを測定すると、干渉の強弱は360度回転ではなく720度回転の周期で増減し、360度回転ではもとに戻らない性質が反映される。*2

1.3. 座標軸を回転させた場合

また、次のような疑問が生じうる。

 「物理系を実際に回転させた場合と、物理系は固定して座標軸を逆方向に同じだけ回転させた場合は、数式の上では同じ変換になる。ということは、物理系を固定して座標軸を360度を回転させると、物理的な状態は何も変わっていないはずなのに波動関数の符号が変化する。これは変ではないか?」

これは次のように説明される。

まず状態ベクトル|ψ>は、座標軸と無関係に定まっていて座標軸を回転させても別に変化しないから、座標軸が360度回転しても符号が変わったりすることはなく、もとの状態のまま。
波動関数は、状態ベクトル|ψ>と基底ベクトル|x,si>の内積を取った

 ψ(x,si) = <x,si | ψ>

なので、座標軸を回転させたとき ψ(x,si)の値が変わるのは、座標軸の回転に合わせて基底ベクトルを取り換えている(基底ベクトルを回転させている)から。そして座標軸を360度回転させたとき、使っている基底ベクトルが初めの|x,si>から -|x,si>という別の基底ベクトルに移っている。そのため、物理系の状態自体は何も変わっていないのに、波動関数の符号が変わることになる。

2. 群の表現から見たスピン

2.1. 群の表現

「360度回転させたとき、もとに戻らない」という性質が数学的に(つまり数式の上で)どう扱われるかを考えていく。
そのために「群の表現」を導入する。

ベクトル空間VからV自身への線形写像(Vの線形変換)全体からなる集合を End(V) と表記し、そのうち特に正則なもの(逆写像を持つもの)からなる集合を Aut(V) と表記することにする。

群GのV上の表現(線形表現)というのは、
群Gの各要素g∈Gに対して正則な線形変換ρ(g)∈Aut(V)を対応させる写像 ρ: G→Aut(V) で、任意のg,h∈Gについて、
 ρ(g・h) = ρ(g)・ρ(h)
となるもののこと。(左辺の積「g・h」は群Gの積で、右辺の積は線形変換の合成。) これは「表現ρとは、群Gから群Aut(V)への準同形写像である」と言い換えることができる。
さらに、群Gに位相が入っている場合(連続とか収束が考えられる場合)は、写像ρについても適当な連続性が課される(けれど正確な定義は略す。)
このときVの次元に応じて「ρはn次元表現」といわれ、「Vは(表現ρの)表現空間である」といわれる。
またVを表現空間とする表現があるとき、ベクトル空間Vの方に視点を寄せて「ベクトル空間Vに群Gが(線形に)作用している」ともいう。

2.2. SO(3)の表現の例

さて問題だったのは回転させた時の変換の仕方だったので、群として3次元回転群SO(3)を取る。SO(3)の各要素g∈SO(3)がそれぞれ異なる「回転」に対応している。
またSO(3)はもともと「行列式が1の3次直交行列全体」を指す呼び名でもあるように、各回転にSO(3)行列を対応させることができる。(「回転」↔「正規直交座標系で見た時の座標の変換行列」)
なので、文脈に応じてSO(3)の要素を「回転」として見たり行列として見たりする。

2.2.1. 例: 矢印ベクトル(古典的なベクトル)
まず、ベクトル空間Vとして矢印で表されるようなベクトルの集合を取って、その変換を考えてみる。
物理系を R (∈ SO(3) ) だけ回転させたときに、3つのベクトルv、w、v+w∈Vが、それぞれvR、wR、(v+w)R∈Vに変換されたとする。
するとこのとき、

  • (v+w)R = vR + wR が成り立っている。
  • スカラーkをかけたベクトルkvについて (kv)R = k(vR) も成り立っている。

これは、ベクトルの変換 V∋ v→vR ∈V が線形変換であることを意味する。またこの変換が逆変換を持つことも分かる。(逆方向に同じだけ回転させる。) よって、この変換は正則な線形変換ということになる。
なので、回転 R ∈ SO(3) に対して、この変換V∋v↦vR∈Vを対応させる写像をρと表すと、

  • ρは、回転R∈SO(3) に対して、 ベクトル空間V上の正則な線形変換 ρ(R)∈Aut(V) を対応させる写像
    • ベクトルvをR回転させたものは ρ(R)v となる。さらに、Vの正規直交基底e1、e2、e3を取ると、変換ρ(R)はSO(3)行列で表される。
  • ρは、ρ(R2)・ρ(R1) = ρ(R2・R1) を満たす。(左辺は、ふたつの回転変換を合成したもの。右辺は、ふたつの回転を合成した回転に対する回転変換。)
  • ρは連続。説明略。

となっているので、ρはSO(3)の3次元表現になっている。

2.2.2. 例: スカラー量(自明表現)
より簡単な表現として、ベクトル空間Vとして何らかのスカラー量(物理系を回転させても何も変化しない量)を取る。
そして、どのR∈SO(3) についても、V上の恒等写像IV∈Aut(V) を対応させる写像 ρ(R) = IV を取る。(自明表現と呼ばれる表現。) するとこの表現ρは、回転に対するスカラー量の変換を表す表現になる。

これらに限らず、種々の高階テンソルのような「足し算とスカラー倍ができ、回転に対して変換される量」も、SO(3)の表現の表現空間になっている。
また相対論に出てくる4元ベクトルやテンソルについても、ローレンツ変換のうち3次元回転だけを考えれば、3次元回転群SO(3)の表現空間となる。

2.2.3. 例: スカラー量の場
さらにこうした量の「場」についても、回転の中心点を決めて物理系を回転させたときの場の変換を考えることで、3次元回転群SO(3)の表現が得られる。

まずスカラー場(電荷密度とか何かの値が各点に決まっているようなもの)を考える。スカラー場は、3次元空間の各点 x∈ℝ3に対して実数値f(x)∈ℝを与える関数f(x)だと考えることができる。こうした関数のうち適当な性質を満たすもの全体からなる集合を取ると、足し算とスカラー倍を持つベクトル空間となる。(無限次元のベクトル空間。)

回転によって点xが点xRに移るとすると、点xでのスカラー量f(x)が点xRスカラー量に移動するので、回転Rによって、場x↦f(x)は、場x↦f(xR-1)に変換される。
この変換をρ(R)とすると、ρ(R)は線形変換になっていて逆変換ρ(R-1)を持つので正則な線形変換となる。ρ(R)・ρ(R') = ρ(R・R')も満たすので、このρはSO(3)の表現となる。(表現空間が無限次元なので、SO(3)の無限次元表現。)

次に流速の場とか電場のような各点xごとに3次元ベクトルf(x)∈Vが決まるベクトル場f: ℝ3→V を考える。
ベクトル量v∈V自体は、回転Rに対して、Vを表現空間とする表現ρによって ρ(R)v に変換されるとする。
場fを持つ物理系を回転させたとき、もともと点xにあったベクトル量f(x)が点xRに移動し、さらにρ(R)による変換を受けるので、場x↦f(x) は、場x↦ρ(R)f(xR-1)に変換される。回転Rに対してこの変換を対応させる写像をω(R)とすると、このωもSO(3)の表現となる。(これも無限次元表現。)

高階のテンソル場の変換を考えても、これと同様にして、SO(3)の無限次元表現が得られる。

2.2.4. 例: 状態ベクトル
量子力学に出てくる状態ベクトルは、ベクトルという名前の通り足し算とスカラー倍ができ、何らかのベクトル空間(ヒルベルト空間)Hの要素と考えることができる。
この場合、回転R∈SO(3)に対して、ユニタリ演算子 ρ(R) を対応させる写像ρが、SO(3)の表現となる。
この表現が今までの例と違うのは、ベクトル空間Hのスカラーが実数ℝではなく、複素数ℂであること。表現空間のスカラー複素数である表現を複素表現といったりする。

また回転R∈SO(3)に対して、演算子をRだけ回転させる変換、A ↦ ρ(R)Aρ-1(R) を対応させる写像も、状態ベクトルを表現空間とする表現とは、別の表現となる。

2.3. スピンの場合

2.3.1. SO(3)とスピン
上にあげたいろいろな例のように、物理系を回転させたときに変換される量の多くは、SO(3)の表現空間として扱うことができる。
一方、スピンを持った系の状態ベクトルも回転に応じて状態が変換されるけど、これはSO(3)の表現では扱うことができない。

なぜなら、
回転群SO(3)では、(適当な軸周りの)360度回転R360は、単位元(何も回転しない)と等しい。
表現の定義を満たすには、群の単位元e∈Gに対して、必ず恒等写像を対応させないといけないので、ρ(R360) = IV となる。
したがって、360度回転R360によって、 ρ(R360) |ψ> = - |ψ> のように符号が変わるような SO(3)の表現ρはありえない。

2.3.2. 普遍被覆群\widetilde{SO(3)}
ではスピンの回転変換には群の表現という概念が適用できないかというと、そうではない。問題なのは、スピンを持つ系では「回転なし」と「360度回転」で変換結果が違うのに、SO(3)では「回転なし」と「360度回転」はどちらも単位元になり区別できないということ。
したがって解決方法としては、3次元回転を表す群としてSO(3)の代わりに「回転なし」と「360度回転」を区別できる群を使えばいい。

SO(3)の要素が表している「回転」は、物体とか座標系に回転変換をほどこしたその結果だけしか見ていないので「回転なし」と「360度回転」が同じものになる。そこで、回転結果だけでなく、回転し始めから回転結果までの途中経過を含めて考える。数学的には、[0,1]からSO(3)への連続関数R(t)で、R(0)=e、R(1)=回転結果、となるようなものを考える。こうすれば、一切回転しない場合と360度回転は別の関数として区別される。
ただし途中経過の違いを完全に区別するのはやりすぎなので、関数R(t)が表す「経路」を連続的に変形して関数S(t)が表す「経路」に変形できる場合、R(t)とS(t)は同じ要素を表すことにする。そのように定義した要素に対して、群に必要な「積演算」や「逆元」も定義できる。

このようにSO(3)をもとにして、その経路(ただし連続変形で重なるものは同一視する)からなる群をSO(3)の普遍被覆群といい\widetilde{SO(3)}などと表記する。(\widetilde{SO(3)}はSpin(3)とも呼ばれる。) SO(3)に限らず連続性が考えられる群(位相群)Gに対して、その普遍被覆群\tilde{G}が考えられる。(普遍被覆群\tilde{G}がもとのGと同じ(同形)になる場合もある。)
\widetilde{SO(3)}では、単位元と「360度回転」は別の要素となる。その一方、さらに360度回転させた「720度回転」は単位元と等しくなる。(「2回転させて戻る経路」は連続変形で1点(単位元から動かない経路)に変形できるため。) なのでSO(3)で単位元で表された回転は、\widetilde{SO(3)}では「回転なし(単位元)」と「360度回転」のふたつの別の回転に別れる。これに限らず、SO(3)の各要素は、\widetilde{SO(3)}の2つの要素に対応する。

こうして「回転なし」と「360度回転」を別要素として扱う群が得られたので、スピンを持った系は、SO(3)ではなく、SO(3)の普遍被覆群\widetilde{SO(3)}が作用するベクトル空間として扱えばよいことになる。*3


3. SO(3)の表現と\widetilde{SO(3)}の表現

前節で、回転に対して変換する物理量は、たいていはSO(3)の表現空間として扱えるけど、スピンに関してはSO(3)ではなく\widetilde{SO(3)}の表現を考える必要がある、ということになった。
では、SO(3)の表現と\widetilde{SO(3)}の表現でどういう違いがあるか。

まず、SO(3)の表現があると、それは\widetilde{SO(3)}の表現だと思うことができる。
正確には、SO(3)の表現ρに対して、被覆写像p: \widetilde{SO(3)}\to SO(3) (回転の途中経過のことは忘れて回転の結果に写像する)と合成して、\widetilde{SO(3)}の表現が得られる。
 \widetilde{SO(3)} \overset{p}{\to} SO(3) \overset{\rho}{\to} {\rm Aut}(V)
なので、普通の3次元ベクトルからなるベクトル空間(あるいは他の様々なテンソルやその場)は、\widetilde{SO(3)}が作用している空間だと思うこともできる。

しかし\widetilde{SO(3)}の表現があったとき、それをSO(3)の表現にできるとは限らない。よって、スピンを扱うのに必要なのは、\widetilde{SO(3)}の表現のうちSO(3)の表現にはならないもの、ということになる。

さらに、SO(3)の表現も\widetilde{SO(3)}の表現も必ず既約表現に分解できるので、\widetilde{SO(3)}の規約表現のうちSO(3)の既約表現でないものが重要になる。

3.1. 既約表現への分解の例

表現の分解や既約表現の定義は省略して、既約表現への分解の例を示す。

3.1.1. 例: 2階テンソル
Vを普通の3次元ベクトルからなるベクトル空間としたときの、2階テンソル空間V⊗Vの要素の回転を考える。V⊗Vが9次元のベクトル空間なので、この回転変換を考えることでSO(3)の9次元表現が得られる。
ところが、2階テンソルは、
 トレース(1次元) + 交代テンソル(3次元) + トレース0の対称テンソル(5次元)
という3つの部分空間の直和に分解することができ、回転変換に関してはそれぞれの部分空間ごとに扱うことができる。(例えばトレースは回転変換しても変化しないので、トレース+それ以外に分けられる。)
これはSO(3)の9次元表現ρ:SO(3)→V⊗Vが1次元表現、3次元表現、5次元表現に分解されることを意味する。
3.1.2. 例: 相対論
相対論ではエネルギー・運動量ベクトル、4元電流密度、4元ポテンシャルといった4元ベクトルが登場する。これらの4元ベクトルに対して慣性系を変えない純粋な3次元回転による変換を考えると、SO(3)の4次元表現が得られる。
ところが3次元回転をおこなった場合、4元ベクトルのうち1成分(エネルギー、電荷密度、スカラーポテンシャル等)はまったく変化せず、残りの3成分は普通の3次元ベクトルと同じ変換をする。なので、4元ベクトルによるSO(3)の4次元表現は、1次元表現+3次元表現に分解される。

また電磁場は、電場と磁場をひとまとめにした電磁場テンソル(2階反対称テンソル)で表され、一般のローレンツ変換では電場と磁場が混じった形で変換する。しかし回転変換だけを考えると、電場と磁場はそれぞれ別々に変換されるため、2階反対称テンソルによるSO(3)の6次元表現が、3次元表現+3次元表現に分解されることになる。

3.2. SO(3)の既約表現と\widetilde{SO(3)}の既約表現

SO(3)の既約表現と\widetilde{SO(3)}の既約表現をリストアップする。

3.2.1. SO(3)の既約表現
まずSO(3)は、各奇数次元1、3、5、7、9、(以下すべての奇数)のそれぞれについて、ちょうどひとつずつ既約表現を持っている。

1次元既約表現は自明表現(どの回転に対しても恒等変換)で、スカラー量の変換がこれにあたる。

3次元既約表現は、普通の3次元ベクトルの変換。ベクトル空間とその双対空間(反変ベクトルと共変ベクトル)は本来異なる空間で、表現に関しても一般的には両者で異なる表現が得られる。(双対表現とか反傾表現という。) だけど、3次元ベクトルの回転変換では双対表現を考えても同値な3次元既約表現になる。(高階テンソルの回転についても反変・共変の違いがなくなる。)

正規直交基底を取ったときの成分表示では、反変ベクトル・共変ベクトルのどちらでも同じSO(3)行列Mによって、
 v'i = ΣjMij vi
という変換を受ける。
また同じ回転に対して、2階交代テンソル  T =\left( \begin{array}{ccc}0 & w_3 & -w_2 \\ -w_3 & 0 & w_1 \\ w_2 & - w_1 & 0 \end{array}\right) は同じ行列Mによって
 T'ij = ΣijMikMilTkl
と変換されるけど、成分w1、w2、w3の変換を見ると
 w'i = ΣjMijwi
のようにベクトルと同じ変換になる。
(なお直交群O(3)では、3次元既約表現が2つある。正規直交基底のもとでの成分表示では、直交行列Mによって、

  • v'i = ΣjMijvi
  • v'i = (det M)ΣjMijvi

という2種類の変換の仕方になる。)

さらに5次元以上の既約表現は、高階テンソルによる表現を分解することで必ず得られる。

3.2.2. 量子力学での3次元既約表現の例:
量子力学での3次元既約表現の例をあげる。
角運動量の大きさがl=1のとき、z軸方向の角運動量の大きさは mz=1、0、-1 の3つの値を取る。
そこで、3つの状態ベクトル

 e+1 = | l=1,mz=1>、
 e0 = | l=1,mz=0>、
 e-1 = | l=1, mz=-1>

を基底とする3次元ベクトル空間Vを考える。
Vに含まれている状態ベクトル|ψ>∈Vは、回転R∈SO(3)による変換をしてもVに含まれて、ρ(R)|ψ>∈V となり(回転させても角運動量の大きさはl=1のまま)、このρはSO(3)の3次元表現になる。
この3次元表現で、x軸、y軸、z軸周りの回転変換を表す行列は、e+1、e0 、e-1を基底としたとき、
\begin{array}{cc}x & \left(\begin{array}{ccc} \frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta & -\frac{i}{\sqrt{2}}\sin\theta & -\frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta \\ -\frac{i}{\sqrt{2}}\sin\theta & \cos\theta & -\frac{i}{\sqrt{2}}\sin\theta \\ -\frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta & -\frac{i}{\sqrt{2}}\sin\theta & \frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta \end{array} \right) \\ y & \left(\begin{array}{ccc} \frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta & -\frac{1}{\sqrt{2}}\sin\theta & -\frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta \\ \frac{1}{\sqrt{2}}\sin\theta & \cos\theta & -\frac{1}{\sqrt{2}}\sin\theta \\ -\frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta & \frac{1}{\sqrt{2}}\sin\theta & \frac{1}{2} + \frac{1}{2}\cos\theta \end{array} \right) \\ z & \left(\begin{array}{ccc} e^{-i\theta} & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & e^{i\theta} \end{array} \right) \end{array}
となり、あまり見慣れない形の行列が出てくる。しかし、基底を取り替えて
 e_1 = -\frac{1}{\sqrt{2}}e_{+1} + \frac{1}{\sqrt{2}}e_{-1}, \, e_2 = \frac{i}{\sqrt{2}}e_{+1} + \frac{1}{\sqrt{2}}e_{-1},\, e_3 = e_0
とすると(ここで e1 = | l=1,mx=0>、 e2 = | l=1,my=0>、 e3 = | l=1,mz=0>になっている)、回転変換の行列は
\begin{array}{cc}x & \left(\begin{array}{ccc} 1 & 0 & 0 \\ 0 & \cos \theta & - \sin \theta \\ 0 & \sin \theta & \cos \theta \end{array} \right) \\ y & \left(\begin{array}{ccc} \cos \theta & 0 & \sin \theta \\ 0 & 1 & 0 \\ -\sin \theta & 0 & \cos \theta \end{array} \right) \\ z& \left(\begin{array}{ccc}  \cos \theta & - \sin \theta & 0 \\ \sin \theta & \cos \theta & 0 \\ 0 & 0 & 1\end{array} \right) \end{array}
となり、(正規直交基底のもとでの)普通の3次元ベクトルの変換行列と同じものになる。一般の回転についても、普通の3次元ベクトルと同じSO(3)行列によって変換がおこなわれる。

また演算子に対する3次元表現を考えることもできる。
回転Rにより状態ベクトルが ρ(R)|ψ> と変換されるとき、演算子Aに対する回転変換は、ρ(R)Aρ-1(R) となる。
ここで、x軸、y軸、z軸それぞれの方向の角運動量演算子をLx、Ly、Lzとして、その線形和 a1Lx+a2Ly+a3Lzを集めたものをVとすると、これは3次元ベクトル空間になっている。
また、a1Lx+a2Ly+a3Lzを回転させたものは、ふたたびLx、Ly、Lzの線形和で表すことができてVに含まれる。なので、回転R∈SO(3)に対して

 V∋ a1Lx+a2Ly+a3Lz ↦ ρ(R)(a1Lx+a2Ly+a3Lz-1(R) = a'1Lx+a'2Ly+a'3Lz ∈V

という線形変換を与える写像はSO(3)の3次元表現となる。
ここでも成分について見ると、SO(3)行列Mによって

 a'i = ΣjMij ai

と変換され、普通の3次元ベクトルと同じ変換の仕方をする。

3.2.3. \widetilde{SO(3)}の既約表現
SO(3)の各奇数次元1、3、5、7、9、…の既約表現は、そのまま\widetilde{SO(3)}の既約表現に移される。これらの表現は360回転でもとに戻る表現なので、スピンを扱うのに必要なのは、これ以外の既約表現。

ところが\widetilde{SO(3)}の偶数次元の既約表現は、奇数次元とは少し性質が違う。
ここまで表現空間のスカラーが実数ℝ(実表現)なのか複素数ℂ(複素表現)なのか、気にしてこなかった。
これはSO(3)の既約表現(= \widetilde{SO(3)}の奇数次元既約表現)については、複素表現から同じ次元の実表現が得られて、「n次元複素表現 ↔ n次元実表現」(nは奇数)の対応があるため。

一方、\widetilde{SO(3)}の偶数次元の既約表現については、まず各偶数次元2、4、6、8、(以下すべての偶数)のそれぞれにひとつずつ既約な複素表現がある。これらはいずれも360度回転に対して、-1倍する変換を与える。
そして、それらの複素表現での複素数z=x+iyを実数の2変数(x,y)とみなすことで、4、8、12、16、(以下すべての4の倍数)次元の実表現が得られる。つまりnが偶数のとき「n次元複素表現→2n次元実表現」となる。そして、4の倍数でない偶数については実の既約表現を持たない*4

3.2.4. スピンの場合
ここで電子のスピンの場合について考えてみると、当然、実表現ではなく複素表現が問題となる。また電子のスピン角運動量が2つの値しか取らない(=スピンに関して固有ベクトルを2つ持つ)ので、回転に対して\widetilde{SO(3)}の2次元既約表現の変換をすると考えられる。

4. リー群とリー代数

SO(3)や\widetilde{SO(3)}は群のなかでもリー群と呼ばれる種類の群なのだけど、リー群Gの表現よりもそのリー代数(リー環)Lie(G)の表現の方が扱いやすい。
そのため、まずリー群やリー代数の表現に関するいくつかの事項を見ていく。

4.1. リー群とリー代数

リー群というのは、おおざっぱに言って微分ができるような群のこと。
そしてリー群Gのリー代数Lie(G)は、集合としてはリー群Gの単位元eでの接線ベクトルを集めたもの。
 Lie(G) = { \frac{dg}{dt}(0) | gは、ℝ∋ t → g(t)∈G という写像でg(0)=e となるもの}
Lie(G)は、足し算とスカラーℝによるスカラー倍が定義されベクトル空間になり、さらに2次の微分量を見ることで、カッコ積 [X, Y] が定義される。 つまり、

 リー代数 = ベクトル空間(和とスカラー倍) + カッコ積

ということになる。(なので、より一般に(リー群とは無関係に)、カッコ積の定義されたベクトル空間のことをリー代数(リー環)と呼ぶ。)

要素が正則行列で表されるようなリー群(線形リー群)の場合、そのリー代数の要素は正方行列で表され、カッコ積は [X,Y] = XY-YX で計算できる。

SO(3)のリー代数Lie(SO(3))を考える。(また、\widetilde{SO(3)}リー代数{\rm Lie}(\widetilde{SO(3)})はLie(SO(3))と同じ(同形)なので、以下の内容は{\rm Lie}(\widetilde{SO(3)})にも当てはまる。)
次のRx(t)、Ry(t)、Rz(t) ∈SO(3) はそれぞれx軸、y軸、z軸の周りの回転を表している。
 R_x(t) = \left(\begin{array}{ccc} 1 & 0 & 0 \\ 0 & \cos t & - \sin t \\ 0 & \sin t & \cos t \end{array} \right) \\ R_y(t) = \left(\begin{array}{ccc} \cos t & 0 & \sin t \\ 0 & 1 & 0 \\ -\sin t & 0 & \cos t \end{array} \right) \\ R_z(t) = \left(\begin{array}{ccc}  \cos t & - \sin t & 0 \\ \sin t & \cos t & 0 \\ 0 & 0 & 1\end{array} \right)
これをt=0で微分すると、
 E_x = \frac{dR_x}{dt}(0) = \left(\begin{array}{ccc} 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & - 1 \\ 0 & 1 & 0 \end{array} \right) \\ E_y = \frac{dR_y}{dt}(0) = \left(\begin{array}{ccc} 0 & 0 & 1 \\ 0 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 0 \end{array} \right) \\ E_z = \frac{dR_z}{dt}(0) = \left(\begin{array}{ccc} 0 & -1 & 0 \\ 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 \end{array} \right)
となるので、Ex、Ey、Ez ∈ Lie(SO(3)) となる。
また、aEx+bEy+cEz ∈ Lie(SO(3)) も成り立つ。 たとえば、g(t) =Rx(at)・Ry(bt)・Rz(ct) とする。
Lie(SO(3))はベクトル空間としては3次元で、Ex、Ey、Ezが1次独立なので、Lie(SO(3))は、
  \left(\begin{array}{ccc} 0 & -c & b \\ c & 0 & -a \\ -b & a & 0 \end{array} \right)
の形の行列全体となる。
X、Y∈Lie(SO(3))となる行列について、[X, Y] = XY-YX ∈ Lie(SO(3)) となることも計算で確かめられる。
Ex、Ey、Ezについてカッコ積を計算すると、エディントンのイプシロンを使って
 [Ep, Eq] = εpqrEr
という関係になっている。 この関係から、すべてのX、Y∈Lie(SO(3)) について[X,Y]の値が決まる。

4.2. 1パラメータ部分群と指数写像

リー群Gの単位元での接線ベクトルを集めてリー代数Lie(G)が得られた。
逆に、リー代数Lie(G)からリー群Gへの標準的な写像(指数写像と呼ばれる) exp: Lie(G)→G がある。

まず1パラメータ部分群(1径数部分群)と呼ばれるものを考える。
これは実数から群Gへの写像 g: ℝ→G で、g(s+t) = g(s)・g(t) が常になりたつようなもののこと。
例えばSO(3)の例に出てきたx軸、y軸、z軸周りの回転 Rx(t)、Ry(t)、Rz(t) は、どれも1パラメータ部分群になっていることが、計算で確かめられる。

(1パラメータ部分群はリー群以外でも考えられるけれど)リー群の1パラメータ部分群は、単位元での接線ベクトル  X = \frac{dg}{dt}(0)の値で決まってしまう。さらに、ある写像exp: Lie(G)→G で
 g(t) = exp(tX)
と書くことができる。この写像expを指数写像という。
この指数写像exp: Lie(G)→G は単射とも全射とも限らないけれど、少なくとも Lie(G)∋0↔e∈G の周辺に限定すれば全単射の関係になる。

特に、リー群Gの要素が正則行列でLie(G)の要素が正方行列の場合、指数写像exp(X)は指数行列  \exp(X) = \sum_k \frac{X^k}{k!} となる。
SO(3)の例に出てきた行列 Ex、Ey、Ez について、指数行列exp(tEx)、exp(tEy)、exp(tEz) を計算してみると、Rx(t)、Ry(t)、Rz(t) が得られることが確認できる。

4.3. リー代数の表現

リー代数についても表現が定義される。
群の表現が「群からAut(V)への(群の)準同形写像」だったのに対し、リー代数の表現は「リー代数からEnd(V)への(リー代数の)準同形写像」となる。

リー代数AのV上の表現というのは、
リー代数の各要素X∈Aに対して、(正則とは限らない)線形変換ρ(X)∈End(V)を対応させる写像ρ:A→End(V)で、

  • X、Y∈Aについて、ρ(X+Y) = ρ(X)+ρ(Y)
  • k∈ℝ、X∈Aについて、ρ(kX) = kρ(X)
  • X、Y∈Aについて、ρ( [X,Y] ) = [ρ(X), ρ(Y)]

をみたすもののこと。

リー代数の表現は、表現自体が線形写像なので、リー代数の基底eiの行き先ρ(ei)さえうまく決められば(より具体的には、ρ( [ei, ej] ) = [ρ(ei), ρ(ej)] が全ての (ei、ej) の組で成り立つようにρ(ei)を決められれば)表現全体が決まるので、リー群の表現より扱いやすい。

4.4. 微分表現

リー群Gの表現ρ: G→Aut(V) があると、それをもとにしてリー代数の表現で微分表現と呼ばれるものを得ることができる。ρから得た微分表現はρ*とかdρなどと表記される。
リー群Gの表現ρと微分表現ρ*の間には、
 \begin{array}{ccc} G & \overset{\rho}{\longrightarrow} & {\rm Aut}(V)  \\  \quad \uparrow \exp & & \uparrow \exp  \\ {\rm Lie}(G) & \overset{\rho_{*}}{\longrightarrow} & {\rm End}(V)  \end{array}
という関係がある。そのため、リー代数の表現ρ*が分かれば、そこから
 ρ(exp(X)) = exp(ρ*(X))
によってリー群の表現ρが得られる。(expが全射なら。)

ただし、先にリー代数の表現σを得ても、そこから
 ρ(exp(X)) = exp(σ(X))
によってリー群の表現ρが得られるとは限らない。
expは単射とは限らないので、exp(X)=exp(Y)でσ(X)≠σ(Y)となるX、Yがあると、表現が定まらない。
それでも、まずリー代数の表現σを得て、その中からリー群の表現を得られるものを探すというのがリー群の表現を得るやり方のひとつになる。

微分表現自体の説明をしていなかった。
ℝ∋ t → g(t)∈Gとでg(0)=eとなるg(t)を微分して、リー代数の要素X=\frac{dg}{dt}(0) ∈Lie(G) が得られるのだった。
ここでg(t)と表現ρを合成したℝ∋ t → ρ(g(t))∈Aut(V) を考えて、これを微分すると、V上の(正則とは限らない)線形変換\frac{d\rho(g(t))}{dt}(0) ∈End(V) が得られる。この得られた線形変換は、g(t)全体ではなくX=\frac{dg}{dt}(0)の値だけで決まる。
なので、X∈Lie(G)に対して、\frac{d\rho(g(t))}{dt}(0) ∈End(V)を与える写像ρ*: Lie(G)→End(V) が定義できる。
この写像ρ*は、リー代数の表現の満たすべき性質を持っていて、これを微分表現という。

あるいは、g(t)をt=0で微分してX∈Lie(G)となる時、ρ(g(t))をt=0で微分するとρ*(X)∈End(V)となるようなρ*: Lie(G)→End(V) を微分表現という、と説明した方が簡潔かもしれない。

4.5. 1パラメータ部分群と固有ベクトル

リー群Gの1パラメータ部分群 g(t)=exp(tX) と、リー群の表現ρを合成した ρ(g(t)) を考える。このρ(g(t))をt=0で微分すると、ρ*(X)∈End(V) となるのだった。
このρ*(X)は、線形変換なので固有値問題が考えられ、次の性質が成り立つ。

ρ*(X)が固有値αとその固有ベクトルvを持ち、
 ρ*(X)v = αv
が成り立っているとする。
このときvにg(t)を作用させた ρ(g(t))v も、固有値αに対する固有ベクトルになり、
 ρ*(X) (ρ(g(t))v) = α(ρ(g(t))v)
が成り立つ。
これは次のようにして分かる。
群の表現と1パラメータ部分群の性質から

 ρ(g(s))ρ(g(t))v = ρ(g(t))ρ(g(s))v

が成り立つ。この両辺をs=0で微分すると、

 ρ*(X)ρ(g(t))v = ρ(g(t))ρ*(X)v

となり、右辺のρ*(X)v を αvで置き換えると、

 ρ*(X) (ρ(g(t))v) = α(ρ(g(t))v)

が得られる。これにより

 ρ*(X)に対する固有ベクトルは、g(t)=exp(tX)による変換 ρ(g(t)) をいくら与えても固有ベクトルのまま。

という性質があることが分かった。

ただしこの性質は、このままでは量子力学との対応があまりよくない。
なぜなら、ρ(g(t))がユニタリ演算子の場合、ρ*(X)は歪エルミート演算子となり固有値は純虚数となる。つまり、ρ*(X)は観測可能な量に対応していない。
一方、ρ*(X)に虚数単位iをかけてiρ*(X)とする(あるいはiで割る)とこれはエルミート演算子(正確にはエルミート演算子より性質のよい自己共役演算子)となり、観測可能量に対応する演算子となる。(より正確に述べると1パラメータユニタリ群のストーンの定理となる。)

つまり、量子力学の観点からは、ρ*(X)の固有ベクトルではなく、iρ*(X)またはρ*(X)/iの固有ベクトルだと見た方が物理系との対応がよい。また

 {iρ*(X) | X∈Lie(G)}

を考えると、自己共役演算子からなるベクトル空間となる。(カッコ積については閉じていない。)

SO(3)の場合
SO(3)(あるいは\widetilde{SO(3)})の場合を考える。
Vを状態ベクトルからなるベクトル空間として、ρはVを表現空間とする表現ρ: SO(3)→Vだとする。
z軸周りの回転Rz = exp(tEz)として、観測可能な量の演算子*(Ez) が固有ベクトルvを持っていたとする。

 iρ*(Ez)v = αv

この固有ベクトルはz軸周りに回転させても固有値αを変えない。ということは、この固有値はz軸方向の角運動量に対応する値だと考えられる。
Ex、Ey、Ezに関して、

 [Ep, Eq] = εpqrEr

の関係があったことから、

 [iρ*(Ep), iρ*(Eq)] = εpqr*(Er)

が得られる。(リー代数の表現ρ*はカッコ積を保存する。) これを角運動量演算子の交換関係
 [Jp, Jq] = εpqr ħJr
と比較すると、iρ*(Ep)をħ倍した Jp = ħiρ*(Ep) が、p軸方向の角運動量演算子になると考えられる。

また微分表現ρ*が分かるとそこからexpによってリー群の表現ρが得られるのだった。ということは、角運動量演算子が分かれば、そこから回転群の表現ρ(回転変換の仕方)が得られるということになる。例えば、p軸の回転Rp(t)に対しては、p軸方向の角運動量演算子Jpを使って、
 ρ(Rp(t)) = exp(tJp /iħ)
となる。

このように状態ベクトル空間を表現空間とする回転群SO(3)の(あるいは\widetilde{SO(3)}の)表現ρの性質を考えることは、角運動量演算子の性質を考えることと密接に関係する。

5. スピンを持つ状態ベクトルの回転変換の仕方

ようやくスピンの話に戻る。
スピンを持った状態ベクトルが回転によってどう変換されるかを見る。
そのためには(SO(3)ではなく)\widetilde{SO(3)}の表現を考えればよいのだった。(2.3.節)

状態ベクトルからなるベクトル空間Hは無限次元なので、位置に関する部分を除いてスピンに関する部分だけに注目する。数学的には状態ベクトルのベクトル空間Hを H = L2(ℝ3)⊗V (位置に関する部分⊗スピンに関する部分)に分けて、ベクトル空間Vを見る。(L2(ℝ3)の部分はスカラー場の変換と同じ(=位置が移動するだけ)。)

スピンに関するベクトル空間Vは、スピン角運動量が2つの値だけを取る(=固有ベクトルを2つ持つ)ことから2次元の複素ベクトル空間。
このベクトル空間Vを表現空間とする\widetilde{SO(3)}の2次元既約表現\rho: \widetilde{SO(3)} \to {\rm Aut}(V)によって、状態ベクトル|ψ>∈V が ρ(R)|ψ>∈Vと変換される。

5.1. 微分表現を調べる

この表現がどんなものか(どのように状態ベクトルに作用するのか)を調べる。
そのためには\widetilde{SO(3)}の表現ρよりも、そのリー代数Lie(SO(3))の表現(微分表現)ρ*の方が調べやすいのだった。(4.3.節、4.4.節) (なおリー代数{\rm Lie}(\widetilde{SO(3)})リー代数Lie(SO(3))と同じもの(同形)なので、以下チルダを書かずLie(SO(3))と表記する。)

Lie(SO(3))は基底として Ex、Ey、Ezが取れた。(それぞれx軸、y軸、z軸周りの回転Rx(t)、Ry(t)、Rz(t)をt=0で微分したもの。) この基底の行き先 ρ*(Ex)、ρ*(Ey)、ρ*(Ez) が決まれば表現ρ*が完全に決まる。そこで、

 Ax = ρ*(Ex)、 Ay = ρ*(Ey)、 Az = ρ*(Ez)

と置く。 このAx、Ay、Azはそれぞれ2次元複素ベクトル空間Vの線形変換で、

 [Ap、Aq] = εpqrAr

の関係を持つのだけど、この交換関係と次元が2次元であることだけから、Ax、Ay、Azはどれも固有値\pm\frac{1}{2}iであることが出てくる*5

次にAx、Ay、Azを行列として求めることにする。そのためにはベクトル空間Vの基底を決める必要がある。(成分表示は基底に依存する。) ここで基底として、z軸方向のスピン角運動量演算子Sz固有ベクトルを使うことにする。前節(4.5.節)の終りくらいに述べたことから、スピン角運動量演算子は Sz = ħiρ*(Ez) と書けるので、数学的には Az = ρ*(Ez) の固有ベクトルを基底に取ることになる。
Az固有値\pm\frac{1}{2}iであることから Sz固有値\pm\frac{1}{2}\hbarとなるので、基底を

 e_1 = |s_z=\frac{1}{2}\hbar\rangle,\,e_2 = |s_z=-\frac{1}{2}\hbar\rangle

とする。すると、

 S_z = \left(\begin{array}{cc} \frac{1}{2}\hbar & 0 \\ 0 & -\frac{1}{2}\hbar\end{array}\right), \, A_z = \left(\begin{array}{cc} -\frac{1}{2}i & 0 \\ 0 & \frac{1}{2}i\end{array}\right)

となり、Azの行列成分は定まった。あとは交換関係を満たすようにAxとAyの成分を決めると、

 A_x = \left(\begin{array}{cc} 0 & -\frac{1}{2}ie^{-i \delta}  \\ -\frac{1}{2}ie^{i \delta} & 0 \end{array}\right), \, A_y = \left(\begin{array}{cc} 0 &-\frac{1}{2}e^{-i \delta}  \\ \frac{1}{2}e^{i \delta} & 0 \end{array}\right)

となる。δは何でもいい(絶対値1の複素数をかけて基底を取り替えるとδが変わる)ので、e = 1として、

 A_x = \left(\begin{array}{cc} 0 &-\frac{1}{2}i  \\ -\frac{1}{2}i & 0 \end{array}\right), \, A_y = \left(\begin{array}{cc} 0 &-\frac{1}{2}  \\ \frac{1}{2} & 0 \end{array}\right)

と決める。
リー代数の基底の行き先Ax = ρ*(Ex)、 Ay = ρ*(Ey)、 Az = ρ*(Ez) が確定したので、微分表現ρ*全体が定まった。

5.2. 指数写像expにより群の表現を得る

\widetilde{SO(3)}の表現ρと微分表現ρ*(リー代数の表現)の間には次の関係があった。
 \begin{array}{ccc} \widetilde{SO(3)} & \overset{\rho}{\longrightarrow} & {\rm Aut}(V)  \\  \quad \uparrow \exp & & \uparrow \exp  \\ {\rm Lie}(\widetilde{SO(3)}) & \overset{\rho_{*}}{\longrightarrow} & {\rm End}(V)  \end{array}
なので、ρ*と指数写像から目的の表現が得られる。
z軸周りの回転 Rz(t) ∈\widetilde{SO(3)} の場合、

 \widetilde{SO(3)} \ni \exp(tE_z) = R_z(t) \mapsto \rho(R_z(t)) = \exp(A_z) = \left(\begin{array}{cc} e^{-\frac{1}{2}it} & 0 \\ 0 & e^{\frac{1}{2}it} \end{array}\right)

となる。
(ただしこれは\widetilde{SO(3)}の表現として成立するものであって、SO(3)の場合は成り立たない。
ρ(Rz(2π)) ≠ ρ(Rz(0)) となっているけど、SO(3)では Rz(2π) = Rz(0) なのでつじつまの合うρが存在しない。)

Rz(t)と同様にして、x軸、y軸周りの回転 Rx(t)、Ry(t) について計算すると

 R_x(t) \mapsto \rho(R_x(t)) = \left(\begin{array}{cc} \cos \frac{t}{2} & -i\sin \frac{t}{2} \\ -i\sin \frac{t}{2} & \cos \frac{t}{2} \end{array}\right) \\ R_y(t) \mapsto \rho(R_y(t)) =  \left(\begin{array}{cc} \cos \frac{t}{2} & -\sin \frac{t}{2} \\ \sin \frac{t}{2} & \cos \frac{t}{2} \end{array}\right)

となる。任意の回転はこれらの回転を組み合わせて実現できるので、任意の回転R∈\widetilde{SO(3)}についてρ(R)が決まる。

360度回転(t=2π)のときを見ると、Rz(2π)、Rz(2π)、Rz(2π)のいずれに対しても -1×単位行列を対応させていて、360度の回転変換を受けたベクトルの符号が反転することが分かる。
またx軸周りの180度の回転を行うと、e_1 = |s_z=\frac{1}{2}\hbar\rangle -i e_2 =  -i|s_z=\frac{1}{2}\hbar\rangleになり、e2は -ie1になる。つまり180度回転させると、z軸方向の角運動量の値のプラスマイナスが入れ替わる。(y軸周りの回転でも同様にプラスマイナスが入れ替わる。)

また演算子については、回転Rに対して A ↦ ρ(R)Aρ-1(R) と変換する。
例えば x軸方向のスピン角運動量演算子 Sx = ħiAx をz軸周りに90度回転させたものを計算すると、

 ρ(Rz(π/2)Sxρ-1(Rz(π/2) = Sy

とy軸方向の演算子になる。

5.3. SU(2)

前節で2次元複素ベクトル空間Vに対する表現 ρ: \widetilde{SO(3)}→Aut(V) が分かった。そのとき計算した ρ(Rx(t))、ρ(Ry(t))、ρ(Rz(t))の行列はどれもSU(2)行列(行列式が1のユニタリ行列)になっているので、すべての回転 R∈\widetilde{SO(3)}に対してρ(R)はSU(2)行列になる。
なのでこの表現は、ρ: \widetilde{SO(3)}→SU(2) という写像になっている。

そして、それだけでなく、この写像全単射写像になっていて、\widetilde{SO(3)}とSU(2)は同形になる。

6. 主な参考文献

  • 山内恭彦、杉浦光夫『連続群論入門』 培風館
  • J. J.サクライ『現代の量子力学』 吉岡書店
  • 平井武、山下博『表現論入門セミナー』 遊星社

*1:なお「著者によっては、物理系が回転するときを"能動的回転"、座標軸が回転するときを"受動的回転"と呼んで二つの方法を区別している。」J. J.サクライ『現代の量子力学』3.1節

*2:J. J.サクライ『現代の量子力学』3.2節、朝永振一郎『新版 スピンはめぐる』付録A補注8

*3:普遍被覆群の表現(線形表現)は、もとの群の射影表現と1対1で対応するという性質がある。このため射影表現のことを「スピン表現」と呼ぶこともある。(平井武『群のスピン表現入門』まえがき、付録など。) 射影表現についてはこれ以上触れない。

*4:G. Itzkowitz et.al. "A note on the real representations of SU(2)", Remark 10〜Theorem 13あたり。

*5:山内杉浦『連続群論入門』III.§4。量子力学の本に載っている昇降演算子を使って角運動量固有値を求める手法と同じ。