リー群の入門的なこと

リー群というのは、おおざっぱには「微分ができる群」だと説明できるけれど、正則行列や指数行列を使って説明するものもあれば、多様体を使って説明するもあったりで、なかなか分かりにくい。

1. リー群とは

リー群というのは、おおざっぱに

と説明できる。実数ℝから群Gへの関数 f: ℝ→G を考えて、その関数fの微分が考えられるなら、たぶんその群Gはリー群だろうと期待できる。
たとえば

  • 実数の集合ℝ :
    • 加法について群になっている。さらに関数f: ℝ→ℝの微分を考えられる。
  • n :
    • 実数集合ℝと同じく、加法について群になっていて、f: ℝ→ℝn微分を考えられる。
  • 実数から0を除いた集合ℝ× :
    • 乗法について群になっていって、関数f: ℝ→ℝ×について微分が考えられる。
  • 線形リー群: n次正則行列全体GL(n、ℝ)の部分群(正確には閉部分群)になるもの :
    • 行列の積について群になる。関数f: ℝ→ GL(n、ℝ)の微分は行列の各成分について微分すればいい。

こうした群の共通の性質を調べたり群ごとの特徴を取り出したり分類したりするのが、リー群論の基本的な問題となる。

2. リー群の扱い方

リー群を扱っていく場合、おもに2つのやり方がある。

  1. 正則行列からなる群(線形リー群)を中心に扱う(あるいはそれだけを扱う)やり方。
    • 具体例が出しやすく具体的な計算もしやすい。
    • あらゆるリー群は線形リー群のどれかと局所同形(単位元の周辺の要素だけ見ると同形)になるので、線形リー群だけを考えてもリー群の主要な話はできる。
    • 説明の仕方によっては、特定の形をした行列について特殊な計算と特殊な性質の提示をひたすらやっているだけに見える。
  2. 多様体を用いた定義と説明。
    • 関数 f: ℝ→G の微分が考えられるためには、群Gの要素が実数(or複素数)パラメータによって指定できる必要がある。(またそのパラメータのとり方は複数ありえる。) そこで、「群の要素を指定するパラメータ = 多様体の局所座標系」としてリー群を定義する。
    • 要素を指定するのに必要なパラメータの個数(=多様体の次元)はリー群ごとに固有な特徴量で、リー群の次元と呼ばれる。
      • 例えば3次元回転群SO(3)の要素は、3つのパラメータ(例えばオイラー角)で指定することができる。他にも、GL(n、ℝ)はn2個のパラメータ(これは行列の成分の数と同じ)、SL(n、ℝ)はn2-1個のパラメータ、SO(n)はn(n-1)/2個のパラメータで、要素を指定することができる。
      • 群の全ての要素が同じパラメータで表示される必要はない。例えばSO(3)の場合、z軸→y軸→z軸の回転角(φ、θ、ψ)を指定するタイプのオイラー角の場合、φ = -ψ のとき常に単位元と等しくなるのだけど、このようにパラメータの一意性が成り立たないところは、別のパラメータを使う。
    • 正則行列の掛け算の場合と比べると、群の演算とパラメータ(局所座標表示)との関係が分かりにくい。
      • 例えば回転群SO(3)の要素の積を考えるとき、群の要素が行列で表されていたら行列の積を考えるだけで済む。一方、オイラー角で (φ1、θ1、ψ1)と(φ2、θ2、ψ2)と表されている二つの回転を続けて得られる回転を表すオイラー角 (φ3、θ3、ψ3) = (μ11、θ1、ψ1, φ2、θ2、ψ2), μ2(…), μ3(…) ) を計算する関数μ1、μ2、μ3を具体的に書くのは大変そう。
      • 多様体を使ってリー群を説明する場合、局所座標や積を表す関数を出して具体的に計算して説明するというやり方を、そもそもあまりしない。そのため説明の抽象度が上がって具体性が下がる。

3. 微分でリー群の特徴を取り出す

3.1. 接ベクトル

リー群では微分を考えられるので、その微分を使って群の性質を調べることができる。リー群では、単位元eの周辺の局所的な様子が定まると、各要素についても局所的な性質が決まってしまうので、単位元eの周辺について調べていく。
ここで普通は、すぐさま左不変ベクトル場だとか(多様体での説明の場合)、指数行列(線形リー群での説明の場合)などが導入されるのだけど、とりあえずそれなしで進めていく。
まず群演算を使わない範囲で考えてみる。
Gに値を取る関数 a : ℝ→G で、 a(0) = e となるものをとる。この関数a(s)は、G上の点の軌跡とかG上の曲線を表しているとみなせる。(また、関数は連続で微分可能性は必要なだけ持っていると前提する。)
このとき、関数a(s)をs=0(つまりa(0)=e)で微分して得られる\frac{da}{ds}(0)を、(eにおける)接ベクトルと呼ぶ。(接ベクトルのきちんとした定義はしないけど、 a(s)∈Gをパラメータ表示(局所座標系)(a1(s),… ,an(s))で考えて、それを微分したものを考えればよい。)
a(0) = eとなるさまざまな関数(単位元eを通るさまざまな軌跡) a(s) について接ベクトルを考えて、得られる接ベクトルの全体をTe(G)で表すことにする。(ここで文字Tは接空間Tangent spaceから来ている。また単位元以外のどの点についても同様にして接ベクトルを考えることができて、点g∈Gでの接ベクトル全体はTg(G)と表される。)。
ベクトルという名前から想像されるように、Te(G)の要素は加法とスカラー倍をおこなうことができて、Te(G)は線形空間となる。Te(G)の次元は、リー群の次元(群の要素を表示するときに必要なパラメータの個数)と等しい。


例: 3次回転群SO(3)の接ベクトルを考える。SO(3)は3次のリー群なので接ベクトルの空間も3次元になる。
a(s) =\left(\begin{array}{ccc}1&0&0 \\ 0 &\cos(s)& -\sin(s) \\ 0 & \sin(s)& \cos(s)\end{array}\right)
と置くと a(s) ∈ SO(3) かつ a(0) = e で、a(s)はx軸回りに角度sの回転を表す。この関数a(s)について、eでの接ベクトルは
\frac{da}{ds}(0) =\left(\begin{array}{ccc}0&0&0 \\ 0 & 0& -1\\ 0 & 1& 0\end{array}\right)
となる。同様のことをy軸回りの回転やz軸回りの回転で考えると、接ベクトルはそれぞれ
\left(\begin{array}{ccc}0&0&1 \\ 0 & 0& 0\\ -1 & 0& 0\end{array}\right)\left(\begin{array}{ccc}0&-1&0 \\ 1 & 0& 0\\ 0 & 0& 0\end{array}\right)となる。
接ベクトル空間 Te(SO(3)) が3次元なので、eでの任意の接ベクトルはこれら3つの行列の線形結合(= 3次の交代行列)
\left(\begin{array}{ccc}0&-c&b \\ c & 0& -a\\ -b & a& 0\end{array}\right)
として表される。

物理学の場合1

物理系の本や文章でリー群を解説している場合、接ベクトル\frac{da}{ds}(0)ではなく、それに虚数単位iをかけたり割ったりしたi\frac{da}{ds}(0)\frac{1}{i}\frac{da}{ds}(0)を取り出しているものも多い。これは、リー群Gがユニタリー行列からなる場合、\frac{da}{ds}(0)は歪エルミート行列になり、i\frac{da}{ds}(0)\frac{1}{i}\frac{da}{ds}(0)はエルミート行列になるため。
量子論では、観測可能な量に対応する作用素はエルミートになる。そのため、i\frac{da}{ds}(0)\frac{1}{i}\frac{da}{ds}(0)の方が、物理量との関係が強くなる。たとえば三次元回転群 SO(3)でi\frac{da}{ds}(0)を考えると角運動量作用素が現れる。
ただし、虚数単位で割ったものを扱うと、このあと出てくるリー代数を扱っているときの記述や説明がたいてい分かりにくくなっているように思う。

3.2. リー群のリー代数

接ベクトルが群の演算とどう関係しているかを見る。
関数a(s)のeでの接ベクトルを \frac{da}{ds}(0)=A、関数b(s)のeでの接ベクトルを \frac{db}{ds}(0)=B としたとき、それらの積 a(s)b(s) のeでの接ベクトルは A+B となり、b(s)a(s)の接ベクトルも A+B となる。
群演算は一般的に可換ではないので、s≠0 のとき a(s)b(s) ≠ b(s)a(s) となる。にもかかわらず a(s)b(s) と b(s)a(s) の接ベクトルが一致するということは、一次の微分量を見るだけでは群の非可換性を捉えられないということを意味する。
そこで2次の微分を調べる。
a(s)b(s) と b(s)a(s) との違いを見るため、c(s) = (a(s)b(s))・(b(s)a(s))-1 あるいは同じことだけど c(s) = a(s)b(s)a(s)-1b(s)-1 という関数c(s) (a(s)とb(s)の交換子)を考える。積が可換の場合は c(s) = e (一定) となるけれど、一般には s≠0のとき c(s) ≠ e となる。
この関数の1階微分を取ると \frac{dc}{ds}(0)= A + B - A - B = 0 となり、非可換性の影響は出てこない。
そこでc(s)の2次の微分\frac{c''(0)}{2} = \frac{1}{2}\frac{d^2c}{ds^2}(0)を計算する。(あるいは同じ値になるけど f(s)=c(\sqrt{s})の1次微分量f'(0)を計算する。)

  • 線形リー群(正則行列で表示されている)の場合:
    • (計算略) \frac{c''(0)}{2} = AB - BA となる(行列AとBの交換子)。
    • 行列成分で書けば \frac{c''_{ij}(0)}{2}  = \sum_k\left(A_{ik}B_{kj} - B_{ik}A_{kj}\right)  となる。
  • 多様体の場合:
    • 成分表示で(x^{(1)}_1,\cdots, x^{(1)}_n)x^{(2)} = (x^{(2)}_1,\cdots, x^{(2)}_n)の積の成分が(x^{(1)}\cdot x^{(2)})_i = f_{i}(x^{(1)}_1,\cdots, x^{(1)}_n, x^{(2)}_1,\cdots, x^{(2)}_n )\ (1\leq i \leq n)で決まるとすると、
    • (計算略) \frac{c''_{i}(0)}{2} = \sum_{k,l}\left( \left(\frac{\partial^2f_i}{\partial x^{(1)}_k\partial x^{(2)}_l}\right)_{(x^{(1)}, x^{(2)})=(e,e)}\times(A_k B_l - B_k A_l )\right) となる。

いずれにしても次のことが成り立っている。

  1. c''(0)/2 の値は、接ベクトルA、Bの値だけから決まる。( a(s)、b(s) の2階微分の値は関係しない)。
  2. c''(0)/2 は、接ベクトルである。 (つまり c''(0)/2 ∈ Te(G) となる。c(\sqrt{s})の接ベクトルなので)。

接ベクトルA、B∈ Te(G) の値だけから c''(0)/2 の値が決まるので、A、Bに対して、カッコ積[A, B]を [A, B] = c''(0)/2 と定義する。A、B∈ Te(G) に対して、 [A、B] ∈ Te(G) となるので、 カッコ積[A、B] は Te(G)上の2項演算になる。
そこで、線形空間 Te(G) (加算とスカラー倍が定義されている)にさらにカッコ積[X、Y]を付け加えたものを、Gのリー代数(またはリー環)と呼び Lie(G)と表す。(リー群を表すのにアルファベット大文字を使い、そのリー代数には対応するドイツひげ文字の小文字で表す習慣もある。この表記法だとリー群Gのリー代数は𝔤、リー群SO(3)のリー代数は𝔰𝔬(3)のように表記される)。
リー代数Lie(G)には、リー群Gの特徴が何らかの形で反映されていると考えられる。

物理学の場合2

「物理学の場合1」で述べたように、物理では、接ベクトル\frac{da}{ds}(0) \in T_{e}(G)ではなく、接ベクトルに虚数単位iをかけたり割ったりしたものを扱っている場合も多い。その場合、カッコ積について多少問題が発生する。
接ベクトル全体からなるLie(G)と区別して、接ベクトルをiで割ったもの全体を Lie'(G) と書くことにする。このとき、A、B∈ Lie'(G) に対して、[A、B] ∈ Lie'(G) は一般には成り立たない。つまりLie'(G) はカッコ積に対して閉じていない。
スカラーを実数ℝではなく複素数ℂとする(リー代数Lie(G)の複素化Lie(G)を考える)と、Lie'(G) ⊂ Lie(G)で、カッコ積でも閉じているのだけど、この辺りをどう扱っているのかはっきり書かれてなくてよく分からなくなる場合がある。

4. リー群とリー代数の関係

4.1. 微分写像

リー群Gからリー群Hへの写像φ: G → H があると、リー代数Lie(G)からリー代数Lie(H)への写像が導かれる。これは微分写像とか誘導写像などと呼ばれ、dφ、 φ*、 などと書かれる。 φが群の準同形写像のとき、微分写像dφはリー代数の準同形写像になる。
この微分写像dφは次のような写像:
リー代数の要素X∈Lie(G)は、何らかの関数f: ℝ→G(ただしf(0)=e)に対する接ベクトルX=\frac{df(s)}{ds}(0)となっている。これに対してY =\frac{d\phi(f(s))}{ds}(0)を対応させるように dφ : Lie(G)∋X → Y∈Lie(H) を定義する。
これは局所座標系でのベクトル成分で表すとY_i = \sum_{j}\frac{\partial \phi_i}{\partial x_j}X_iとなる。
同様の考え方で、表現についても、リー群の表現 ρ: G → GL(V) から、リー代数の表現(微分表現) dρ: Lie(G) → End(V) が得られる。(群の表現やリー代数の表現の説明はしない。)
例えば、リー群Gの内部自己同形写像
\varphi_g: G\ni x \to gxg^{-1} \in G
に対してその微分写像を取ると、リー代数の同形写像g ∈GL(Lie(G)) が得られる。
d\varphi_g: {\rm Lie}(G) \ni X=\frac{dx}{ds}(0) \to d\varphi_g(X) = \frac{d(gxg^{-1})}{ds}(0) \in {\rm Lie}(G)
さらに、g∈Gに対して、dφgを与える写像
Ad : G∋g → Ad(g) = dφg ∈GL(Lie(G))
を考えると、これはリー群の表現になっている。(Ad(g1g2)=Ad(g1)Ad(g2)を満たす。)この写像Adはリー群の随伴表現と呼ばれる。(線形リー群の場合は、Ad(g) : Lie(G)∋X → Ad(g)(X) = gXg-1 ∈Lie(G) のように、簡単な式で書ける。)
さらにリー群の随伴表現Adの微分写像(微分表現)を取るとリー代数の随伴表現adが得られる。リー代数の随伴表現adは
ad(X) : Lie(G)∋Y → ad(X)(Y) = [X, Y] ∈Lie(G)
のようにリー代数のカッコ積と一致する。リー代数の随伴表現は、リー代数を調べるときに重要。

このようにリー群のことからリー代数のことを導くことができ、逆にリー代数を調べることでリー群の性質を調べられる。
例えば次のような関係がある。

  • リー群 GとHが局所同形(単位元の近くだけ見ると同形) ⇔ リー代数 Lie(G)と Lie(H) が同形
    • このことから、リー代数Lie(G)の性質だけでリー群Gの性質のかなりが決まってしまうことになる。
  • リー群Gの表現 ≒ リー代数Lie(G)の表現。
4.2. リー代数

ここまでの説明では、リー群からそれに付随するリー代数を導いた。
しかしリー代数自体は、リー群とは無関係に定義される。
次のようなときに、集合Aはリー代数であるという。

  1. Aは線形空間である(足し算とスカラー倍を持つ)。
  2. さらに、以下の性質を満たす演算[x,y]を持つ。
    • [ax1+bx2, y] = a[x1, y]+b[x2, y] 、[x, ay1+by2,] = a[x, y1, y]+b[x, y2] (双線形性 = 第1引数、第2引数それぞれについて線形)
    • [x, y] = -[y, x] (交代性)
    • [x, [y,z]] + [y,[z,x]] + [z,[x,y]] = 0 (ヤコビの関係式)

このようにリー代数の定義にはリー群は現れない。けれど、有限次元のリー代数は必ず何らかのリー群のリー代数になっているなど、リー群との関係は強い。
リー群よりもリー代数の方が扱いやすいので、リー群を調べる上でリー代数が重要な役割をはたすことになる。
また、行列の固有値問題や対角化が実数行列より複素数行列の方が考えやすいのと同様に、リー代数の場合もスカラーが実数より複素数の方が扱いやすいので、実リー代数(スカラーが実数)は複素化したリー代数をもとにして調べられる。

5. 指数写像、指数行列

5.1. 指数写像

リー群Gとリー代数Lie(G)を結びつける有用な概念として指数写像がある。
接ベクトルを考える時に、 a(0) = e となる任意の関数を考えた。けれど、リー代数を考える上で重要なのは a(0) = e での接ベクトルの値だけ。
そこで接ベクトルを考えるときの関数としてRからGへの準同形連続写像のみを考えることにする。つまり任意のs、t∈R について a(s+t) = a(s)・a(t) を満たす連続関数だけを考える。(実数集合Rは加法についての群と考えている。) このような関数を1パラメータ部分群(1径数部分群)と呼ぶ。この関数自体が群なのではなく、群になるのは像集合Im(a) ={a(s)∈G | s∈R}で、a(s)が群の要素のパラメータ表示になっている。(ただし1パラメータ部分群は単射とは限らない。単射でない場合は、あるs≠0で a(s) = a(0)となる。)
1パラメータ部分群の重要な性質は、s=0での(つまりGの単位元eでの)接ベクトルの値\frac{da}{ds}(0)\in T_e(G)で一意に定まってしまうこと。
そこで、s=0での接ベクトルが A ∈ Te(G) であるような1パラメータ部分群を θA(s) と書くことにすると、θA(s+t) = θA(s)・θA(t) が成り立つのは当然として、

  • 実数cに対して θA(cs) = θcA(s)

が成り立つ。
1パラメータ部分群の像{θA(s) ∈G | s∈R} は単位元eを通る「曲線」を表し、接ベクトル A ∈ Te(G) は、その「曲線」が単位元eでどちら向きに進むかを示している。したがって、あらゆる「方向」A ∈ Te(G) を取って θA(s)の軌跡を描けば、それらの軌跡によって、少なくとも単位元eの周辺は埋め尽くされると予想できる。これは正しくて、少なくとも単位元eの近くのg∈Gは必ず、あるA ∈ Te(G)とあるs∈R
g = θA(s)
となる。(すべての g ∈ Gがこのように表せるかどうかはリー群の性質に左右される。)
さらにθA(s) = θsA(1) でsA ∈ Te(G) なので、結局のところ、単位元eの近くのg ∈ G は、あるA ∈ Te(G) で
g = θA(1)
と表せることになる。
ここで、指数写像 exp(X)を
exp : Lie(G)∋ X → exp(X) = θX(1) ∈G
と定義する。(1パラメータ部分群θA(s)は指数写像を使って、θA(s) = exp(sA) と表される。)
今までの話から、単位元eの近くのg∈Gは、あるA∈Lie(G)で、g=exp(A)となる、つまり適当に単位元近くの「範囲」(近傍)を取って、その範囲に対してexp(X)を全射にすることができる。それだけでなく、やはり範囲を限定すれば、exp(X)は単射にもなる。
GとLie(G)双方の範囲を限定すればその範囲で全単射なので、その範囲にあるg∈Gは、g=exp(X)の形で一意に表すことができる。さらにリー代数Lie(G)の基底(線形空間の基底と同じ)X1、…、Xnを選んでおけば、どのX∈Lie(G)も
X = t1X1 + … + tnXn
の形で一意に表されるので、単位元の近くのgは
g = exp( t1X1 + … + tnXn)
の形で一意に表される。
このときパラメータ(t1、 …、tn)によってgが一意に指定されるので、(t1、 …、tn)は単位元近傍の局所座標系となる。

5.2. 指数行列

指数写像と指数関数との類似をいくつか並べてみる。

指数写像 exp(xA) 指数関数 eax = exp(ax)
exp(0A) = e(単位元) ea0 = 1
exp((x1+x2)A) = exp(x1A) exp(x2A) ea(x1+x2) = eax1eax2
\frac{d\,\exp(xA)}{dx}(0)=A \frac{de^{ax}}{dx}(0)=a

このように指数写像は指数関数とよく似ているけれど、線形リー群での指数写像はもっと指数関数に似ている。
n次正方行列 M に対する指数行列 exp(X)を、指数関数ex級数展開と同じ形の式
\exp(M) =\sum_{n=0}^{\infty}\frac{M^n}{n!}
で定義する。(この級数は任意の正方行列Mについて収束する)。
このとき、線形リー群のリー代数の指数写像は指数行列によって
Lie(G)∋ X → exp(X) ∈ G
と表される。
さらに指数行列を使うと、線形リー群Gに対して、そのリー代数Lie(G)を次のように定義できる。
Lie(G) = { 正方行列X | 任意のs∈Rについてexp(sX)∈Gとなる}
いきなりこの定義を出されると唐突ではあるけれど、指数行列さえ定義すればすぐにリー代数を導入できる。あとは指数行列について調べてリー群やリー代数の性質を証明していくことになる。

6. 左不変ベクトル場によるリー代数

ここまでの説明では、リー群Gの単位元eにおける接ベクトル全体Te(G)を リー群Gのリー代数Lie(G) だと定義した。そのとき、カッコ積[A, B]は成分表示では、 \frac{c''_{i}(0)}{2} = \sum_{k,l}\left( \left(\frac{\partial^2f_i}{\partial x^{(1)}_k\partial x^{(2)}_l}\right)_{(x^{(1)}, x^{(2)})=(e,e)}\times(A_k B_l - B_k A_l )\right) となっていた。
しかし多様体にもとづいてリー群を扱う場合、普通は「左不変ベクトル場」を使って、リー群のリー代数を定義する。
これを説明するには、

  1. 多様体上の接ベクトル場
  2. 接ベクトル場のリー微分 (接ベクトル場のカッコ積)
  3. 左不変ベクトル場

を説明する必要がある。このうち「ベクトル場」と「リー微分」は多様体一般での概念で、「左不変ベクトル場」はリー群だけで定義される概念。

6.1. 接ベクトル場

まず多様体多様体上のベクトル場の説明から。
乱暴な説明だけど、多様体というのは、内積や計量なしで(それらがあることを前提せずに)ベクトル解析を行うための枠組みだと考えておけばよい。なので、多様体上のベクトル場というのも、おおむねベクトル解析に出てくるベクトル場と同様のものだと思えばいい。(多様体では、ベクトル解析と同様に、ベクトルやベクトル場を考えることができるし、複数の座標系があって座標系を取り換えると標準基底も変わりベクトルの成分も変換される。その一方、直交座標系や直交基底や内積の存在をあてにした議論は計量が定義されている場合にしかできない。)

リー代数を考えた時に、単位元での接ベクトルを考えた。それは a(0)=e となる関数(単位元eを通る軌跡)の微分 \frac{da}{ds}(0)だった。
同様に単位元e以外の g∈Gについても、a(0)=g となる関数についての微分を考えると、要素gでの接ベクトルの集合 Tg(G) が得られる。
そして、各要素(各点) g∈Gに対して、その点での接ベクトル V(g) ∈ Tg(G) を与えるような関数Vのことを、接ベクトル場と呼ぶ。以下、「接」は略す場合があるかも。(接ベクトル・接ベクトル場は、リー群に限らず多様体一般で考えることができる概念。ベクトル解析でいう反変ベクトル・反変ベクトル場に対応する。)*1

6.2. 接ベクトル場のリー微分

接ベクトル場に対して、リー微分と呼ばれるものが定義される。*2
接ベクトル場のリー微分は、微分したい接ベクトル場Wと、それとは別の接ベクトル場Vに対して定義され、LV(W)と書かれる。リー微分微分した結果LV(W)も接ベクトル場になる。また、接ベクトル場のカッコ積[V, W]というものもあって、リー微分とは定義が違うけれど、結果は同じものになる。
接ベクトル場のリー微分、カッコ積の定義はしないけれど、ベクトルの成分表示では
(L_V(W))_i =[V,W]_i = \sum_j\left( V_j\frac{\partial W_i}{\partial x_j} + \frac{\partial V_i}{\partial x_j}W_j \right)
となる。

ここで重要なのは、ベクトル場のリー微分(カッコ積)[V, W]は、リー代数のカッコ積が満たすべき性質(双線形性、交代性、ヤコビの関係式)を満たしている、ということ。さらにベクトル場同士の足し算やベクトル場のスカラー倍も考えられるので、

が分かる。
リー代数がでてきたけど、この時点ではベクトル場の定義にもリー微分の定義にも群の演算は一切出てきていないので、リー群のリー代数とは全く関係性はない。

6.3. 左不変ベクトル場

ようやく本題である「左不変ベクトル場」の説明。
ベクトル場は一般の多様体で定義することができたけど、左不変ベクトル場は群の演算が関係するので、リー群についてだけ定義される。
接ベクトル場V を取って、このベクトル場の単位元eでのベクトルV(e) が、ある関数a(s) の微分と等しいとする。
V(e) = \frac{da}{ds}(0)
このとき、群のどの点g∈Gについても、その点でのベクトルV(g)が
V(g) = \frac{d(g・a)}{ds}(0)
となっているとき、このベクトル場Vは左不変ベクトル場である、という。(関数a(s)がs=0のときにeを通る関数なら、関数g・a(s)はs=0のときgを通るので、s=0の微分はgでの接ベクトルになる。)
定義から、左不変ベクトル場Vは、単位元eでのベクトルV(e) の値から、一意に決まってしまうことが分かる。

またベクトルを成分表示で表した場合は、左不変ベクトル場は、群の積を局所座標で表した関数を μi(x(1)k, x(2)l) として、
V_i(g) = \sum_{l} \left(\frac{\partial \mu_i}{\partial x^{(2)}_l}\right)_{(x^{(1)},x^{(2)})=(g,e)}\cdot V_{l}(e)
と表される。また、線形リー群の場合(正則行列で表される場合)の左不変ベクトル場は簡単で、単に行列gを左から掛けた形 V(g) = g・V(e) になる。行列成分で書けば、V_{ij}(g) = \sum_{k}g_{ik}V_{kj}(e)となる。
左不変ベクトル場V、Wのカッコ積[V, W]が左不変ベクトル場になることが示されるので、

  • リー群の左不変ベクトル場全体は、リー代数になる。
    • 線形空間としての次元は、接ベクトル空間Te(G)の次数と一致する。(左不変ベクトル場Vは、単位元eでのベクトルV(e)の値から決まるので。)

さらに、左不変ベクトル場[V,W]の単位元eでの値を計算してみると、
\sum_j\left( V_j\frac{\partial W_i}{\partial x_j} + \frac{\partial V_i}{\partial x_j}W_j \right)(e) = \sum_{k,l}\left( \left(\frac{\partial^2f_i}{\partial x^{(1)}_k\partial x^{(2)}_l}\right)_{(x^{(1)}, x^{(2)})=(e,e)}\times(V_k W_l - W_k V_l )\right)
となり、交換子積の2階微分から定義したカッコ積の値と一致している。(右不変ベクトル場だとここで値が一致せず符号が反対になる)。よって、

  • 接ベクトル空間Te(G)のベクトル と Gの左不変ベクトル場 は1対1で対応する。(左不変ベクトル場Vは、単位元eでのベクトルV(e)の値で決まるので。)
  • Te(G)のベクトルのカッコ積 と 左不変ベクトル場のカッコ積 も対応している。

このような対応が成り立つので、はじめから

  • リー群Gのリー代数Lie(G)は、Gの左不変ベクトル場全体からなる集合。
  • リー代数Lie(G)のカッコ積は、ベクトル場のカッコ積(リー微分)による。

と定義してしまうことができる。ベクトル場のカッコ積(リー微分)はリー群の演算とは無関係に定義されているので、リー代数の性質の証明は多様体の一般論の範囲でおこなえて、群演算が関係する部分は「左不変ベクトル場だけを考える」「左不変ベクトル場のカッコ積は再び左不変ベクトル場になる」という部分に押し込められてしまうので、理論展開はすっきりする。けれど、リー群のリー代数を具体的に表示したり計算するのには向いていない。

リー群の表現、リー代数の表現にも触れるつもりだったけど、とりあえずここまで。
(『スピンと群の表現』でリー群の表現、リー代数の表現のことを扱っている。)

*1:物理系の本だと「反変ベクトルと共変ベクトルという2種類のベクトルがあるのではなく、1種類のベクトルの反変成分と共変成分があるだけ」という説明の仕方をする本もあるけど、内積を通じたベクトル空間とその双対空間の同一視がない場合、反変ベクトル(接ベクトル)と共変ベクトル(余接ベクトル)は、はっきりと別のものになる。この文章には共変ベクトル(余接ベクトル)は登場しないけど。

*2:一般に、ベクトルの成分を単に微分してもベクトルやテンソル(の成分)が得られるとは限らない。球面座標系だと(dr/dt, dθ/dt, dφ/dt) は速度ベクトルの成分になるけど、これを時間微分した (d2r/dt2, d2θ/dt2, d2φ/dt2) は加速度ベクトルの成分ではないし、曲線座標系では ∂V1/∂x1 + ∂V2/∂x2 + ∂V3/∂x3 は発散を表さない。 さらに多様体では、異なる点にあるベクトルを足したり引いたり比較したりすること自体ができないので(連続かどうかは考えられるが)、ベクトルの微分を、微小に離れたベクトルとの差の極限として単純に定義することができない。(これは物理でも一般相対論で生じる。) それでも、線形な量(ベクトルやテンソル)が得られる微分として、リー微分、外微分、共変微分などが定義される。リー微分では微分したい場とは別に接ベクトル場も指定する、外微分微分形式(交代余接テンソル場)だけに定義される、共変微分ができるのは「接続」が定義されている場合だけ、などそれぞれ違いがある。