「 田崎晴明『熱力学』の温度の定義について 」への訂正と補足

以前「 田崎晴明『熱力学』の温度の定義について」という文章を書いた。

書いたことのうち必要な部分を要約する(+多少補う)と、

  1. 田崎『熱力学』では、次のように議論が進んでいる。
    • 2.4節(p.31)で、使用する温度として、はじめから「摂氏温度に273.15度加えた値」またはそれを定数倍した値(つまり絶対温度)を取る、と説明。
    • 3.7節(p.52-p.52)で、p(T;V,N) = \frac{NRT}{V}に正確に従う気体が理想気体である、と説明(定義)する。
    • 5.2節(p.76-p.77)で、理想気体を使ったカルノーサイクルの高温部分と低温部分での吸熱量を具体的に計算して、その比が熱源の温度の比T'/T (熱力学的に正しい値)になることが示される。
  2. しかし、絶対温度とは違う温度目盛りを取ったと考えて、その目盛りTについてp(T;V,N) = \frac{NRT}{V}に正確に従う気体を「理想気体」(ニセ理想気体)として読み進んでも、議論や説明はそのまま成り立つ。
  3. そのように読み進んでも、5.2節の計算結果はT'/Tとなり、カルノーサイクルの吸熱量の比についての正しい値(絶対温度の比)と一致している。
  4. 取った温度目盛りと絶対温度が一致するためには、どこかに追加の仮定や前提がいるはず。
  5. その役目を負っているのは、理想気体のエネルギーを与えている4.4節(p.68)の式(4.33)  U(T;V,N) = cNRT + Nu だ。しかし、これが重要な前提だと読者には分からない。
  6. だから読者に分かりにくい理論展開になっている。

という趣旨。
しかし、このうち4と5の部分は不正確かつ、もっと説明が必要だった。
まず、エネルギーの式(4.33)が重要な前提だとしていたけど、具体的な式の形は重要でなく「理想気体のエネルギーは体積によらない」(p.67)が重要だった。式(4.33)の代わりに、単にU(T;V,N) = g(T,N)とすると、ポアソンの関係式T^c V =\mbox{定数}(4.41)の代わりに、適当な関数h(T,N)による関係式 h(T,N)V=\mbox{定数} が得られ、この関係式を代わりに使ってもp.77の議論がそのまま成り立ち、同じ結論(吸熱の比はT'/T)が得られる。

次に「理想気体のエネルギーは体積によらない」は議論にどう影響を与えるのか。これを説明するのがややこしい。(そもそも以下の説明が合っているのか不安)。

理想気体のエネルギーが体積によらない」ことと温度目盛りの関係

まず絶対温度Tとは異なる温度 θ = f(T) を取る。そして、この温度θに関して p(\theta;V,N) = \frac{NR\theta}{V} が成り立つニセ理想気体を取る。さらにこのニセ理想気体のエネルギーは体積によらない(あるいは本文の議論と対応させるなら、式(4.32)のTをθに変えた  U(\theta;V,N) = cNR\theta + Nuを満たす)とする。
このとき、カルノーサイクルの高温部と低温部の吸熱量の比はいくらになるか?

カルノーサイクルの効率は使用する媒体によらず同じ」ということを知っているなら、たぶん、絶対温度での温度比T'/Tになると答えたくなる。しかしそうではない。
本文での議論と計算(p.68、p.69、p.77)がTをθに置き換えてそのまま全て成り立つので、得られる値は絶対温度でない温度θでの温度比 θ'/θ = f(T')/f(T) となる。だがこれは熱力学に反している。なぜこんな結果が得られたのか。
ここで「理想気体のエネルギーが体積によらない」が効いてくる。

「エネルギーが体積によらない」を式で表すと \frac{\partial U(\theta;V,N)}{\partial V} = 0 で、絶対温度Tで考えた \frac{\partial U(T;V,N)}{\partial V} = 0 も成り立つ。
一方、一般的に \frac{\partial U(T;V,N)}{\partial V} = T  \frac{\partial p(T;V,N)}{\partial T} - p(T;V,N) が成り立つ(7-3節 式(7.21))。この式にニセ理想気体の状態方程式 p(\theta;V,N) = \frac{NRf(T)}{V} を代入すると
 0 = \frac{NR}{V}\left(T\frac{df(T)}{dT}-f(T)\right)
となり、これより f(T) = cTが得られる。

つまり、エネルギーが体積によらないニセ理想気体が 熱力学で満たすべき関係を満たすためには、温度θは絶対温度Tの定数倍、つまりθ自身が絶対温度の目盛りになっていないといけない(つまりその気体は本当の理想気体でないといけない)、ということになる。まとめると、ある気体について

  • p(\theta;V,N) = \frac{NR\theta}{V} の関係が成り立つ。
  • エネルギーは体積によらない。
  • 熱力学で得られる関係式を満たす。

の3つすべてを成り立たせるには、温度θは絶対温度でないといけない。
結局、上でカルノーサイクルの吸熱量の比の計算結果がθ'/θという熱力学に反する結果が得られたのは、熱力学に反する(熱力学で満たすべき性質を持たない)気体を使って計算したから、となる。(熱力学に反する媒体を使えば熱力学に反する結果が得られるという、ある意味あたりまえのこと。)


ここで残った疑問は、結局のところ

はじめから温度Tを通常の温度目盛りではかることにしよう。具体的には、摂氏の温度に273.15℃を加えた温度(単位はケルビン(K)になる)、ないしはその定数倍を用いる。この温度目盛りの物理的な意味は3-7節で、本質的な意味は5-2節で明らかになる。
(p.30-p.31)

で読者に対して何が定義(なり指定なり要請なり)がされたのか、ということ。
言われたとおりに温度を絶対温度と考えて読み進めていくと、5.2節に至って熱力学的に正しい吸熱比T'/Tが計算される。でも、

  1. 本文のように温度を説明されても、これから熱力学を学ぶ読者にとってはその温度目盛りがどんな物理的性質を持っているのか不明だから、以後出てくる温度Tを絶対温度ではなく任意の適当な温度目盛りだと想定して読み進めるしかない。
  2. 3.7節で圧力が正確にp(T;V,N) = \frac{NRT}{V}で与えられる仮想的気体が理想気体だと説明される。でも、温度目盛りが読者には不確定だから、絶対温度に限らない温度目盛りで見た「理想気体」(ニセ理想気体)を想定せざるを得ない。
  3. 4.4節で、理想気体のエネルギーは体積Vによらない、と説明される。このとき、絶対温度でない温度目盛りを想定する読者にとって、この「理想気体」は熱力学の理論に反する気体となっている。
  4. 5.2節で、理想気体を使って吸熱量の比がT'/Tだと計算される。しかし、温度目盛りTは絶対温度ではなく、使っている「理想気体」は熱力学理論に反する気体だから、このT'/Tは、カルノー関数f(T', T)の値とは一致しない。
  5. 本当は一致していないのに以後一致したものとして議論が進んでいくのは、実は「理想気体」について計算された吸熱比の値は全く効いておらず、温度比がカルノー関数に一致するような新しい温度目盛りをそこで改めて定義したのと同様ではないのか。(つまり実質的にはカルノーサイクルの効率で絶対温度を定義する伝統的な熱力学のやり方(例えば『物理学とは何だろうか〈上〉』]II章4のような)と同じになっているのでは。)

などと思ったのだけど、結局よく分からない。
著者本人が「もちろん、理想気体温度を用いても循環定義にならない議論は可能です。ぼくの教科書がその例」とはっきり述べているけど、うまくいくための要所となる部分がどこなのかが分からない。