群のコホモロジーについての補足

以前書いたメモ:ヒルベルトの定理90への補足(あるいは関連する話)。

  • ヒルベルトの定理90は、1897年の『報文』(Zahlbericht)に出てくる定理。群のコホモロジーのH1(Gal(L/K), L×) についての主張の特別な場合(巡回拡大の場合)とみなせる。
  • 河田敬義『ホモロジー代数』序の記述によると、群のコホモロジーのn=2の場合H2は、群の拡大や因子団の理論において、1920年代に用いられていた。
  • ヴェイユ『数学の創造』の[1939b]の項に次のように書かれている。私は漠然と、群の指標、次いで因子団は、もっと長く続くはずのある列の始めの部分だと考えていた。私は1937年頃ある友人に有限群の「ベッチ数」を定義しようと考えているのだと話したことを記憶している。つまり現代の言葉で言えば群のコホモロジー群を考えようとしていたわけである。当時では奇妙に思えたかも知れないが、誰もが知っているように、この予感は正しかったのである。
  • 群のコホモロジーの定義を最初にしたのは、アイレンバークとマクレーンみたい。Eilenberg, MacLane "Relations Between Homology and Homotopy Groups" (1943)。

ヒルベルトの定理90がH1の場合だったので、この文章ではH2が出てくる話題である群の拡大を扱う。

群の拡大

群Γが正規部分群N ⊲Γを持っていると、剰余群 G = Γ/N を得ることができる。
このことから逆に、群Gと群Nに対して

  • N ⊲ Γ
  • G ≅ Γ/N

となる群Γ、(このとき「ΓはGのNによる拡大である」という)がどれくらいあるかという問題が考えられる。
ここで、特に群Nがアーベル群(可換群)Aになる場合を考える。

Γ、G、Aの関係
  • A ⊲ Γ
  • G = Γ/A

の関係があったとする。まずΓのAへの作用を

Γ∋γ、A∋a ↦ γ(a) = γaγ-1 ∈A

と定義する。
γ1 と γ2 が、Aについて同じ剰余類に入っているとき(つまりγ2-1γ1∈Aのとき)、これらの作用は一致する。実際計算してみると(Aに含まれる要素同士は交換できることを使って)、

γ1(a) = γ11-1 = (γ2γ2-111-1 = γ22-1γ1)aγ1-1 = γ2a(γ2-1γ11-1 = γ22-11γ1-1) = γ22-1 = γ2(a)

となる。
各剰余類ごとに作用が一致するので、群Gの要素g ∈G = Γ/A に対してgから任意に要素を選んでγ∈g、Aへの作用が定義できる。この作用もg(a)と書くことにする。

次に各g∈G = Γ/A に対して、剰余類の代表元s(g)∈Γを選ぶ。G∋ g ↦s(g) ∈Γ 。
このとき、s(g1)・s(g2) は、g1・g2と同じ剰余類に含まれるけど、s(g1)・s(g2) = s(g1・g2) になるとは限らない。(積s(g1)・s(g2)が、剰余類 [g1・g2]の代表元になっているとは限らないので。)
しかし、s(g1)・s(g2) と s(g1・g2) は、同じ剰余類に入っているので、ある F(g1, g2) ∈Aによって、

s(g1)・s(g2) = F(g1, g2)・s(g1・g2)

と書くことができる。

ここまでで、GのAへの作用g(a)、関数F(g1, g2): G×G→A が得られた。
そして逆に、これらから群Γが決まってしまう。
次のようにして分かる。

Γの要素γは、適当にa∈A、g∈Gを選んで、γ = as(g) の形で一意に表すことができるので、γ1 = a1s(g1)、γ2 = a2s(g2)として、積を計算していく。すると、

γ1γ2 = a1s(g1) a2s(g2) = a1s(g1) a2 (s(g1)-1 s(g1)) s(g2) = a1 g1(a2) F(g1,g2) s(g1g2)

となる。
そこで、(a1,g1)、 (a2,g2) ∈A×Gについて、

(a1, g1)・(a2, g2) = (a1g1(a2)F(g1,g2), g1g2) ∈A×G

のように積を決めれば、GとAからΓ(と同型な群)が得られる。

条件を満たす群Γが、どれくらいあるか

ここまでのことを踏まえて、条件を満たす群Γがどれくらいあるかを考える。
ただし、群Gのアーベル群Aへの作用g(a)についてはすでに定まっているとする。
つまり、群GとG加群A (Gの作用が定まったアーベル群A)があるときに

  • A ⊲ Γ
  • G ≅ Γ/A

となる群Γがどれくらいあるか、を考える。

集合 Z2(G,A)

作用g(a)とF(g1, g2)によって群Γの積が決まり、作用は固定したので、群の積を決めるようなF(g1, g2): G×G→A がどれくらいあるかが重要になる。
関数Fは、代表元の積がどうなるかを

s(g1)・s(g2) = F(g1, g2)・s(g1・g2)

のように決定するけれど、Fの値を全く任意に決めてしまうと、結合法則

(s(g1)・s(g2))・s(g3) = s(g1)・(s(g2)・s(g3))

が成り立たなくなってしまう。この式の左辺と右辺をそれぞれ計算してみると、

左辺 = F(g1, g2) s(g1g2) s(g3) = F(g1, g2) F(g1g2, g3) s(g1g2g3)

右辺 = s(g1) F(g2, g3) s(g2g3) = s(g1) F(g2, g3) s(g1)-1s(g1) s(g2g3) = g1(F(g2, g3)) F(g1, g2g3) s(g1g2g3)

となるので、Fは、次の条件

  • F(g1, g2) F(g1g2, g3) = g1(F(g2, g3)) F(g1, g2g3)

あるいは同じことだけど、書き換えて、

  • g1(F(g2, g3)) F(g1g2, g3)-1 F(g1, g2g3) F(g1, g2)-1 = e

という条件を満たさないといけない。この条件を満たすFの集合をZ2(G,A)と呼ぶことにする。

  • Z2(G,A) = {F : G×G→A | Fは、g1(F(g2, g3)) F(g1g2, g3)-1 F(g1, g2g3) F(g1, g2)-1 = eを満たす}
集合 B2(G,A)

上で得た集合Z2(G,A)から要素F∈Z2(G,A)を選べば、群Γが決まる。しかし、Z2から異なる要素F,F'∈Z2を選んでも、得られる群が同じものになる可能性がある。
なぜなら、F(g1, g2)は、群Γの各剰余類から選んだ代表元s(g)の積について

s(g1) s(g2) = F(g1, g2) s(g1g2)

の関係があり、代表元の選び方を別の s'(g)に変えると、

s'(g1) s'(g2) = F'(g1, g2) s'(g1g2)

のように、別のF'(g1, g2)になり、このときのF(g1, g2)とF'(g1, g2)は、同じ群Γを定めるので。

なので、代表元を取り替えた時のFとF'の関係を調べる。
s'(g)とs(g)は同じ剰余類から選んでいるので、あるH(g)∈Aで、

s'(g) = H(g) s(g)

となっている。このH(g)を使って、

s'(g1) s'(g2) = F'(g1, g2) s'(g1・g2)

の左辺と右辺をそれぞれ変形していく。

左辺 = H(g1) s(g1) H(g2) s(g2) = H(g1) s(g1) H(g2) s(g1)-1 s(g1) s(g2) = H(g1) g1(H(g2)) F(g1, g1) s(g1g2)

右辺 = F'(g1, g1) H(g1g2) s(g1g2)

よって、

  • F'(g1, g1) H(g1g2) = H(g1) g1(H(g2)) F(g1, g1)

あるいは、さらに変形して

  • F'(g1, g1) F(g1, g1)-1 = g1(H(g2)) H(g1g2)-1 H(g1)

の関係があるとき、FとF'はおなじΓを与える。
集合B2(G,A)を

  • B2(G,A) = {F: G×G→A | あるH: G→A で、 F(g1, g2) = g1(H(g2)) H(g1g2)-1 H(g1) と表せる。}

と定義すれば、

  • FとF'がB2(G,A)について同じ剰余類に入る(FF'-1∈B2(G,A)となる)なら、FとF'は同じ群Γを与える。

と言うことができる。

集合 H2(G,A)

ここまでの話で、次のことが分かった。

  • F ∈ Z2(G,A) によって、群Γが決まる。
    • ただし、2つのF,F' ∈ Z2(G,A)が、B2(G,A)について同じ同値類に入る場合は、同じ群を定める。

よって、

  • H2(G,A) = Z2(G,A) / B2(G,A)

と定義してやれば、H2(G,A)の要素ごとに異なる群Γが決まる、ということになる。

ヒルベルトの定理90との比較

ここで、ヒルベルトの定理90を一般化したものを、いくらか書きなおして示す。(例えば上と合わせるため、数1を単位元eと書いた)。

ガロア群G = Gal(L/K) から、A = L× への関数F(g1)が、

  • g1(F(g2)) F(g1g2)-1 F(g2) = e

を満たしているなら、あるH∈Aで、

  • F(g1) = g1(H) H-1

と表せる。

さらに、

  • Z1(G,A) = {F : G→A | Fは、g1(F(g2)) F(g1g2)-1 F(g2) = e を満たす。}
  • B1(G,A) = {F: G→A | あるH∈A で、 F(g1) = g1(H) H-1 と表せる。}

と定義すると、定理は、ガロア群G = Gal(L/K)と、A = L×について

  • F∈Z1(G,A) なら F∈B1(G,A) (つまり Z1(G,A) ⊆ B1(G,A) )

と言っていることになる。
逆向きの関係 Z1(G,A) ⊇ B1(G,A) は常に成り立つので、

  • H1(G,A) = Z1(G,A) / B1(G,A)

と定義すれば、定理の主張を

  • H1(Gal(L/K), L×) = {e}

と表すことができる。

コホモロジー群 H1(G,A)、H2(G,A)

ここまでに出てきたZ1、B1、Z2、B2を並べてみる。

  • Z1(G,A) = {F : G→A | Fは、g1(F(g2)) F(g1g2)-1 F(g2) = e を満たす。}
  • B1(G,A) = {F: G→A | あるH∈A で、 F(g1) = g1(H) H-1 と表せる。}
  • Z2(G,A) = {F : G×G→A | Fは、g1(F(g2, g3)) F(g1g2, g3)-1 F(g1, g2g3) F(g1, g2)-1 = eを満たす}
  • B2(G,A) = {F: G×G→A | あるH: G→A で、 F(g1, g2) = g1(H(g2)) H(g1g2)-1 H(g1) と表せる。}

これを見ると、条件に現れる式がなんとなく似ていることが分かる。特に、B2とZ1の条件の式に、記号が違うだけで同じ形になっている部分がある。そこで次のような関数、δ0、δ1、δ2を定義する。

関数 入力 出力 定義
δ0 F: A δ0(F) : G→A 0(F))(g1) = g1(F) F-1
δ1 F: G→A δ1(F) : G×G→A 1(F))(g1, g2) = g1(F(g2)) F(g1g2)-1 F(g2)
δ2 F: G×G→A δ2(F) : G×G×G→A 2(F))(g1, g2, g3) = g1(F(g2, g3)) F(g1g2, g3)-1 F(g1, g2g3) F(g1, g2)-1

こう定義すると、Z1、B1、Z2、B2は次のように書ける。

  • Z1(G,A) = {F : G→A | δ1(F) = 単位元を返す定数関数。} = Ker δ1
  • B1(G,A) = {F: G→A | あるH∈A で、F = δ0(H) と表せる。} = Im δ0
  • Z2(G,A) = {F : G×G→A | δ2(F) = 単位元を返す定数関数。} = Ker δ2
  • B2(G,A) = {F: G×G→A | あるH: G→A で、F = δ1(H) と表せる。} = Im δ1

また

  • δ1 o δ0 = 0 となる(任意の入力F: Aについて δ10(F) = 単位元を返す定数関数、となる)。よって、Z1(G,A) ⊇ B1(G,A) となる。
  • δ2 o δ1 = 0 となる(任意の入力F: G→Aについて δ21(F)) = 単位元を返す定数関数、となる)。よって、Z2(G,A) ⊇ Z1(G,A) となる。

なので、

  • H1(G,A) = Z1(G,A) / B1(G,A)
  • H2(G,A) = Z2(G,A) / B2(G,A)

と定義できる。
ここから、さらにH3(G,A)、H4(G,A)、…を定義していくには、δiに対して

δi+1 o δi = 0

となるような、δi+1を見つける必要があるけど、この文章はここまでで終わりにする。

参考文献