メモ: ヒルベルトの定理90の続き
数式の一部が表示されないときがある?ので分割した
目次
5. 群のコホモロジー その2
群のコホモロジーを前節とは違う形で導入してみる。
単体的複体のホモロジーを雛形にして考えるので、まず補足として単体的複体について。
5-1. 補足1: 単体的複体のホモロジー
まず単体と単体的複体の説明。
単体というのは、0次元単体は点、1次元単体は線分、2次元単体は(中身の詰まった)三角形、3次元単体は(中身の詰まった)四面体で、n次元単体はn+1個の点を互いに結んで内部を埋めて作ったn次元の立体。
単体的複体とは、複数の単体を適切に張り合わせて作った立体のことをいう。ただし全部がつながっていなくて複数の物体になっていてもかまわない(ここで「適切な張り合わせ」というのは、張り合わせる点と点 or 線分と線分 or 三角形と三角形……がちょうど一致していてズレていないような張り合わせ方のこと。正確な説明は略)。あるいは張り合わせとは逆に、対象とする物体をちょうどCGモデルのように複数の単体(点、線分、三角形、四面体……)に分割近似したものが単体的複体だと考えることもできる。
で、ホモロジーを考えるには「輪っか」とか「閉曲面」とか「縁」を扱う必要があるので、単体の縁(境界)を取り出す演算を定義する。
それに都合のいいように、単体に「向き」を入れて考える。単体の頂点のうち2つの順番を入れ替えると単体の向きが逆転するとみなす。
例えば二点を結ぶ1次元単体(線分)ととは互いに逆向きになる。この関係をとかと書く。線分の向きを電流や水流の流れる向きだと思えば
このように単体に向きを入れて考えると、境界が扱いやすくなる。
1次元単体(線分)の境界(点)は次のように考える。
1次元単体(線分)の境界は0次元単体(点)とだけど、点に向き(?)を入れてとがの境界であると考え、その2点をまとめてのように書く。水流のイメージでいうと、の水の流れの出口であふれ出しているのをと書き、入り口で吸い込んでいるのをと書く感じ。
1次元の図形からその境界を得る演算子をと書くことにすると、
このように向きを入れて考えると、単体的複体(単体の集まり)の境界も自然に扱える。
例えばを結ぶ折れ線を、向きも込めて
ここで何の説明もなしに単体の足し算引き算を持ち出したので、もう少し詳しく考える。
上の例では異なる単体の和を考えたけど、同じ単体同士の和も認めることにする。つまり
あるいはというものがあれば、これは大きさ3の電流がに流れていて大きさ-5の電流がに流れている(大きさ5の電流がに流れている)ことを表す。
より一般的には、考えている図形に含まれる1次元単体(線分)をがだとすれば、それぞれについての重み(流れている電流の大きさ)をとして
ここまで1次元の場合だけを考えてきたけれど、2次元以上の場合についても同様に向きを入れて考える。
三点を頂点とするふたつの2次元単体(三角形)との向きが同じか逆かは、3つの頂点をの順に回ったときに回る方向が同じになるか逆になるかで決める。
するとととは互いに同じ向き、それらと逆向きになるのが、、となる。よって
3次元単体(四面体)になると向きが何を表しているのかよく判らなくなるけれど、頂点の2点の順番を入れ替えると向きが逆になると考える。例えばのような関係になる。
1次元のときと同様に、n次元の単体を重み付きで足し合わしたものをn次元の鎖(チェーン)と呼んで、その集合をと書く。
境界についても、1次元のときと同様、張り合わせたときにうまく相殺されるように定義する。
2次元単体(三角形)の境界は、頂点をの順に回って、とする。これは並べ替えるとになる。
3次元単体(四面体)の境界はだいぶ想像しにくくなるけれど、四面体の展開図を作って各三角形の向き(頂点を回る方向)を同じに取って、とする。これは
と等しい。
n次元単体の境界を取る演算子をと書けば、ここまでの結果は
こうして「境界」が定義できたので、これを使って「輪っか」(閉曲線)を定義することができる。
曲線が輪っかになっているというのはどういうことかというと、その曲線のどこにも端になる点が存在しないことだと説明できる。すでに端点をとる演算子は定義したのでそれを使えば、輪っかというのはを適用したとき0になる曲線のことだと説明できる。
さらに曲線(折れ線)だけでなく、鎖についてもをとって0になるものを輪っかだと考えることにする。これは電流の比喩でいえば、各点でキルヒホッフの法則が成り立つような電流の流し方に対応する。これらは1次元の「輪体」「サイクル」と呼ばれ、その集合はと書かれ
ホモロジーではこの輪っかがどれくらいあるかを見ることで図形のつながり方を測る。ただこのには重要でない輪っかがたくさん含まれている。
例えば、2次元単体(三角形)の境界はとなるのだった。このに対してを適用すると、
しかし図形のつながり方を調べる上で知りたいのは「穴」の回りを回るような輪っかであって、境界として得られるような輪っかは図形のつながり方を見るのには役に立たない。
そこで2次元の鎖の境界になるような輪っかは全てキャンセルして0と同じだとみなしてしまう(代数的にいえば剰余類をとる)。2次元鎖の境界になるようなものを1次元の「境界輪体」「バウンダリーサイクル」と呼んでその集合をと書く。
ここまで1次元について説明したけれど、各次元について同様にしてホモロジー群が定義される。
5-2. 補足2: 単体的複体のコホモロジー
図形を調べる方法のひとつに、その図形上にどんな関数が定義されるかを調べるという考え方がある。
ここでは、k次元の鎖を入力して整数を出力する関数を考える。ただしは線形性
k次元単体全部を並べるとだったとすると、k次元の鎖は
を決めれば、の値は確定する。
値を決めれば鎖が決まるように、値を決めれば関数が決まってしまう。どちらも各単体に重み付けをしていると考えれば、鎖と関数は似ている。は双対鎖(コチェーン)と呼ばれる。
に含まれる関数のうち、さらに次のような関数に注目する(1次元の場合を考える)。
、つまり
となる。
この性質を満たす関数全体をで表す。
関数は穴のない領域を回る輪っかに対しては値が0になる。ということはそうでない輪っかがあればそれについては0以外になってもよい。そしてに含まれる関数がどれくらいたくさんあるかを見ることで図形のつながり方を測ることができる。
しかしホモロジーのときと同様に、には図形の形を見る上で役に立たない余計な関数が含まれている。それはどのような関数かというと、境界となる輪っかだけでなくどんな輪っかに対してもとなってしまう関数。こうした関数がどれだけあっても図形のつながり方は反映されていない。
このような関数は、曲線を入力したときの値が曲線の経路とは無関係に曲線の両端だけで決まってしまうような関数、と言い換えることができる。
なぜなら、どんな輪っかについてもとなるなら、点から点へ向かうふたつの経路とを取ると、は輪っかなのでとなり、となる。つまり両端の点が同じなら経路と関係なくの値はひとつに決まる。逆に関数の値が曲線の両端だけで決まるなら、閉曲線は出発点と到着点が同じである曲線なので、輪っかを入力すると必ず0にならないといけない。
任意の曲線についての値が両端だけで決まるようにするには、0次元単体を入力する関数があって、任意の1次元単体(線分)についてとなっていればいい。
このとき点から点へ向かう曲線に対するの値は、となり端点だけで決まる。
さらに「任意のについて、となる」というのは
「任意のについてとなる」と言い換えられ、さらに「あるで」あるいは同じことだけど「あるで」と言い換えられる。この性質を満たす関数全体をで表すと、
そしてとを使って1次元コホモロジー群が定義される。
1次元以外の各次元についても同様に定義される。
5-3. 群のコモホロジーを定義する
群は図形ではないけれど、ホモロジー・コホモロジーの手続きを流用して、群の特徴を反映した何らかの量を手に入れたい。
単体的複体のホモロジーでは、点(0次元単体)、線分(1次元単体)、三角形(2次元単体)、四面体(3次元単体)、……から鎖(チェーン)を定義して、そこからホモロジーを定義した。点は、線分は、三角形は、四面体はのような形をしていた。
そこで、群の要素を点、を線分、を三角形、……のようなものだと考えてみる。
ただし単体的複体の場合とは異なり、の「頂点」のなかに重複するものがあってもよいとする。また「頂点」の順番を入れ替えたものは互いに関係のない別のものと考える。つまりととは互いに無関係なものと考え、とはならない。
とすると、各次元の鎖は
と定義される。境界演算子も単体的複体のものを流用して
しかしこのようにして定義されたホモロジー群はのときに関係なく必ずになってしまって、役に立つ量が出てこない。
またとしてを単体的複体の場合と同様に定義すればコホモロジー群が得られるけれど、こちらもやはり有用な量はでてこない。
これは図形的に考えれば、鎖は任意の2点を線分(1次元単体)で結び、任意の3点を三角形(2次元単体)で結び、任意の4点を四面体(3次元単体)で結び……という作業を全ての点の組合せに行っているので、いわば穴の全くない物体を作ったことになり、そのためホモロジー群がとなってしまったと考えられる。
しかしここでの定義には、もっと大きな欠点がある。
今おこなったホモロジー・コホモロジーの定義では、群の演算がまったく何の役にも立っていない。群の要素数が同じなら、同じが得られてしまう。これでは群の性質を反映した量が得られるはずがない。
これは次のようにして修正される。
まずのうち後ろのを任意の加群に置き換え、を考える。ただしこの加群には群が作用しているとする。つまり群の要素、の要素について、変換が(群の演算と合う形で)定義されているとする。
例えばに対してとすれば、はに作用している。
ここで
について考えると、群の要素と各について
こうしてとの両方についてが作用していることになった。
すると線型写像がスカラー倍を保存するということの類似で、関数のうち、の作用を保存する写像、つまり各についてとなる写像というのを考えられる。このような写像を線形写像とか凖同型写像と呼ぶことにして、その集合を
これは「各関数がの作用を保存する」という形で群の演算の影響を受けたものになっていて、群の演算が無関係だった欠点を補ったものになっているので、
は前と同じようにとすればとなる。
5-4. 2種類のコホモロジーの関係
こうして群のコホモロジーについて、「メモ:ヒルベルトの定理90」4節の最後に与えたものと5-3節の最後に与えたものの2つのコホモロジーが現れた。
その関係を見るためにをもう少し調べる。
関数は線形なので、各に対する値によって定まる。しかしはさらに線形であることより
ただ、このはとの相性が少し悪い。なぜならは
そこで新たに
が
このを使ってを考える。
なので、についてが判ればよい。定義にしたがって計算していくと
この対応関係があるので、4節のと5-3節のは同じものになることが判る。