楕円モジュラー関数 J(τ)とλ(τ)

魔王 ……… 私の妻を紹介しよう。あらゆる楕円関数とトーラスを闇から支配する楕円モジュラー関数J(τ)だ。 ……… 私λ(τ)と、私の妻とは、J=\frac{4}{27}\frac{(\lambda^2-\lambda+1)^3}{\lambda^2(\lambda-1)^2}という関係にある………
(難波誠『複素関数 三幕劇』)

複素関数 三幕劇』は、大学の教科書を除けばおそらく最初かその次くらいに手に取った数学書のはず。それまでほとんど行ったことのなかった市図書館の数学の棚で何となく手にとっただけで、そのときは数ページも読めなかったし、後になって時々借りてはちょっとずつ進めて最後まで目を通した後たまに借りることがあったけど、後半は部分的にしか理解できないままだった。本が閉架に移って借りることも少なくなっていたのだけど、いつの間にか(おそらく2017年のどこかで)図書館から除籍になっていた(他のいくつかの数学書も)。

楕円積分・楕円関数のモジュール

第1種楕円積分

第1種楕円積分

 F(x, k)=\int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}
を考える。このとき k や λ=k2を、この楕円積分のモジュール、モジュラス、母数などと呼ぶ。「モジュラー」は、モジュールの形容詞形。
また以下では、補モジュールをk'=\sqrt{1-k^2}、第1種完全楕円積分 K(k)=F(1, k)で表し、さらにK=K(k), \qquad K' =K(k')とする。

楕円関数

楕円積分 \normalsize{u = \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}}逆関数x= \rm{sn}(u, k)とおく。
さらに\rm{cn}(u,k)=\sqrt{1-\rm{sn}^2(u,k)}, \qquad \rm{dn}(u,k)=\sqrt{1-k^2\rm{sn}^2(u,k)}とする。
これらの関数は、定義域を複素平面全体に広げると2重周期を持つ有理型関数つまり楕円関数となり、ヤコビの楕円関数と呼ばれる。このとき kやλ=k2は楕円関数のモジュールと呼ばれる。

sn(u, k)、cn(u, k)、dn(u, k)の基本周期は次の表のようになっていて、それぞれ異なっている。しかし (4K, 4iK')を共通の周期にしていて、(4K, 4iK')を周期に持つ任意の楕円関数は sn(u, k)、cn(u, k)、dn(u, k)の有理式として表すことができる。

楕円関数基本周期
sn(u, k)4K2iK'
cn(u, k)4K2K + 2iK'
dn(u, k)2K4iK'
K = K(k)、 K' = K(k') = K(√(1-k2))なので、これらの楕円関数の周期はモジュールkやλの値によって決まる。

モジュールの変換

xの有理式f(x)による変数変換 y = f(x)によって(あるいはより一般的に代数的関係 f(x,y) = 0による変数変換によって)

 \int \frac{dy}{\sqrt{(1-y^2)(1-l^2y^2)}} = \frac{1}{M}\int \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}
のようにモジュールの異なる楕円積分にすることを楕円積分の変換とかモジュールの変換と呼ぶ。
おそらく現在では歴史上の問題になっていて解説もあまり見かけないけれど、ヤコビの『楕円関数原論』(『楕円関数の新しい基礎』(1829))の前半は、この楕円積分の変換の問題に当てられている。
例えば、変数間の関係式の次数が小さいものとして次の変換がある。

変数の間の関係 得られる変換
ランデン(1775) \frac{2}{1+k}\frac{y\sqrt{1-y^2}}{\sqrt{1-(\frac{2\sqrt{k}}{1+k})^2y^2}}=x F\left(y,\, \frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)=\frac{1+k}{2}F(x,\, k)
ガウス(1797) y=\frac{(1+k)x}{1+kx^2} F\left(y,\, \frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)=(1+k)F(x,\, k)

ここで変換前後の二つのモジュールkとlの間に代数的な関係l=\frac{2\sqrt{k}}{1+k}(これはk=\frac{1-l'}{1+l'}とも書ける)が成り立っているけれど、もっと次数の高い変換の場合もそれぞれ代数的な関係式が成り立ち、それらの式はモジュラー方程式と呼ばれる。(詳しくは笠原乾吉「モジュラー方程式について」「モジュラー方程式について(続)」「エルミートのモジュラー方程式」「アーベルと特異モジュラー方程式」など)。

モジュールの変換と楕円関数の周期

モジュールの変換がどういう場合に成り立つかは、楕円関数の周期に関係している。
ランデンやガウスの変換を楕円関数を使って書き直すと、次のようになる。

ランデン \frac{2}{1+k}\frac{\rm{sn}(u,\, l)\,\rm{cn}(u, \, l)}{\rm{dn}(u,\, l)}= \rm{sn}(\frac{2u}{1+k}, \, k)
ガウス \rm{sn}(u,\,l) = \frac{(1+k)\rm{sn}(\frac{u}{1+k},\, k)}{1+k \rm{sn}^2(\frac{u}{1+k}, \, k)}

これらの式は、モジュールの異なる楕円関数の間に代数的な関係が成り立っていることを示している。
では楕円関数の間にいつ代数的な関係が成り立つかというと、楕円関数は共通の2周期を持っている場合必ず代数的な関係が成り立ち、共通の2周期を持たない場合は代数的な関係は成り立たない。
ヤコビの楕円関数の周期 (4K, 4iK') は、k→0で (4K, 4iK')→(2π, ∞)となり、k→1で (4K, 4iK')→(∞, 2π)となる。したがって、周期 (4K, 4iK') によって作られる長方形の格子は、kを0→1に変化させていくにつれて縦長の長方形からだんだん横長の長方形に変化していく。( 4K'/4Kの値が大きいほど縦長、小さいほど横長の長方形になる)。
そしてランデンやガウスの変換のようにモジュールの間にl=\frac{2\sqrt{k}}{1+k}の関係があるとき、楕円関数の周期の比 4iK'/4Kは、kの時に比べてlの時の方が1/2になる。そのため楕円関数の変数を定数倍すると楕円関数の周期が重なって共通の周期を持つことになる。

このことからも楕円関数においては周期よりも周期の比の方がより基本的なものだと考えられる。
楕円関数f(x)が周期(Ω, Ω')を持っているとき、変数を定数倍したf(ax)は周期(Ω/a, Ω'/a)を持つ楕円関数になるので、楕円関数の周期は簡単に変更できるけれど周期比は変化しない。

付記: 倍角公式と虚数乗法

ランデンによる変換とガウスによる変換を組み合わせると、 z=\frac{2x\sqrt{1-x^2}\sqrt{1-k^2x^2}}{1-k^2x^4}の変数変換で

 \int_0^z \frac{dz}{\sqrt{(1-z^2)(1-k^2z^2)}} = 2\int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}
が成り立つという楕円積分の2倍(2等分)公式が得られる。これは楕円関数で書けば\rm{sn}(2u, \,k)=\frac{2\rm{sn}(u, \,k)\, \rm{cn}(u,\,k)\,\rm{dn}(u,\,k)}{1-k^2\rm{sn}^4(u,\,k)}となり三角関数の倍角公式に対応する。(三角関数の倍角公式 sin(2u)=2sin(u)cos(u)は、積分ではz=2x\sqrt{1-x^2}の変数変換で、 \normalsize{\int_0^z \frac{dz}{\sqrt{1-z^2}} = 2 \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{1-x^2}}} となることにあたる)。
これはk→l方向のランデンの変換とl→k方向のガウスの変換を続けると、周期格子が縦横両方とも半分に縮むため、周期が縦横両方向とも半分である楕円関数sn(2u, k)に対する関係式が出てくる。
これに限らず、楕円関数f(u)の変数を整数倍したf(nu)や有理数倍したf(qu)は元の楕円関数f(u)と共通の周期を持つため、楕円関数は必ずn倍公式や有理数倍公式を持つ。

一方、楕円関数f(u)の周期比が特別な場合(周期の格子が虚2次体の整数と重なる場合)に限って、有理数以外の複素数cに対してもf(u)とf(cu)の間に代数的な関係が成り立つ。( f(cu)をf(u)を使って書ける)。そのような楕円関数は「虚数乗法を持つ」と言われる。

歴史的にはガウスレムニスケート関数s(u)に対する s(iu)=is(u) が虚数乗法の最初のもので、これを用いてレムニスケートの等分方程式が代数的に可解であることが示された。30年後アーベルがより一般的な場合について研究・発表し、その後クロネッカーが「虚数乗法」という呼び方を用いた。

周期の同値、周期比の同値

前節の事例でも示唆されるように、考えている楕円関数が同じ周期や同じ周期の比を持っているかというのが重要になるのだけど、基本周期だけ見比べると別の周期のように見えても実は同じ周期になっているということがありえる。

一般的にαδ-βγ=±1 となる整数α、β、γ、δによって
 \left(\begin{array}{c}\omega_2' \\ \omega_1'\end{array}\right)=  \left(\begin{array}{cc}\alpha & \beta \\ \gamma & \delta \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}\omega_2 \\ \omega_1\end{array}\right)
が成り立つ場合に、(ω1, ω2)と (ω'1, ω'2) は同一の周期となる。このとき (ω1, ω2) と (ω'1, ω'2) は同値であるという。(ここで、行列の式の添え字の順番が2、1の順になっているのは、周期比 ω21との兼ね合いでω2を上に置きたいので)。

さらに、ω21の虚部 > 0 となるものだけを考えた場合は、αδ-βγ=1となる場合( =変換を表す行列がSL(2,Z)に含まれる場合)に限り、(ω1, ω2) と (ω'1, ω'2) は周期が同一となる。(αδ-βγ= -1 の場合は、ω21の虚部の正負が入れ替わる)。このとき、(ω1, ω2) と (ω'1, ω'2)は狭義に同値であるという。以下は、この場合だけを考える。( ω21の虚部 < 0 の場合は、ω1とω2を入れ換えるか、または一方の正負を変えて(ω2, -ω1) のようにすれば条件を満たすようにできる)。

また、(ω1, ω2)と(ω'1, ω'2) の間に同値関係が成り立っているとき、周期比 τ = ω21 と τ' = ω'2/ω'1 の間には、

 \tau' =  \frac{\alpha \tau + \beta}{\gamma \tau + \delta}
の関係が成り立っている。このときτとτ'は同値であるという。(周期の場合と同じく、αδ-βγ= 1 の場合を狭義同値と呼ぶ)。
以下では、同値関係は狭義同値の場合だけを考える。

周期比τの関数としてのモジュール

楕円関数の周期 (4K, 4iK') は、モジュールkやλ=k2によって決まるのだった。
そしてその逆に、モジュールは周期の比 τ=4iK'/4K の関数となる。これはモジュールが、テータ関数を使って

k=\frac{\theta_2{}^2(0 | \tau)}{\theta_3{}^2(0 | \tau)} \\ k'=\frac{\theta_0{}^2(0 | \tau)}{\theta_3{}^2(0 | \tau)} \\ \lambda=\frac{\theta_2{}^4(0 | \tau)}{\theta_3{}^4(0 | \tau)}
と表されることから分かる。(ルジャンドルの標準形では 0< k <1 でτは純虚数になるけど、ここではτは上半平面H(虚部が正の複素数全体)に値をとる)。
この式は、ヤコビ『楕円関数原論』(1829)第61節では、
\sqrt{k}=\frac{H(K)}{\Theta(K)} \\ \sqrt{k'}=\frac{\Theta(K)}{\Theta(K)}
と表されている。 Θ(x) = θ0(x/2K |τ)、 H(x) = θ1(x/2K |τ) に対応するので、H(K)=θ1(1/2 |τ) =θ3(0 |τ) と Θ(K)=θ0(1/2 |τ) =θ2(0 |τ) となって同じものだと分かる。
モジュールの変換の場合と比較してみる。
k^2+k'^2=1\theta_3^2(0 |2\tau) = \frac{1}{2} \left( \theta_3^2(0 |\tau) + \theta_0^2(0 |\tau) \right) \theta_0^2(0|2\tau) = \theta_3(0 |\tau)  \theta_0(0 |\tau)
の関係を使うと、
\frac{\theta_2^4(0|2\tau)}{\theta_3^4(0|2\tau)}=\frac{\left(1-\frac{\theta_0^2(0|\tau)}{ \theta_3^2(0|\tau)}\right)^2}{\left(1-\frac{\theta_0^2(0|\tau)}{ \theta_3^2(0|\tau)}\right)^2}
という式が得られる。これはランデンやガウスの変換でのモジュールの関係k=\frac{1-l'}{1+l'}を2乗したものになっていて、モジュールを k→l に変換すると周期比が半分になることと合致している。


モジュール k、λが τの関数 k(τ)、λ(τ)として表せることが分かると、引数τをそれと同値な τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)に置き換えたときに k(τ')や λ(τ')の値はどう変化するのか、それとも変化しないのか、という疑問が(後知恵の視点では)生じる。
歴史的には、周期比を τ'=(ατ+β)/(γτ+δ) と変換した時にモジュールがどう変換されるかについてエルミートが注目する(1858)。エルミートは、楕円積分の5次の変換(5次有理式による変換)に対するモジュラー方程式(6次の方程式になる)の性質を利用して、楕円関数による5次方程式の解法を得た。その後、τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)という変換に対する関数の不変性という点がデデキントによって強調され、モジュラー関数J(τ)が定義される(1877)。デデキントの元々の命名ではJでなくvalと書かれ、Jを使ったのはクラインみたい。
(エルミート、デデキント、クラインの研究については、グレイ『リーマンからポアンカレにいたる線型微分方程式と群論』4章モジュラー方程式、に詳しく書かれている。また足立恒雄・三宅克哉『類体論講義』II部 類体論の歴史2.1〜2.2節も)。

付記: 周期比τの取り方について

τ= 4iK'/4K か τ= 2iK'/4Kか

上の説明で周期の比は τ= 4iK'/4K となっていた。
しかしkやλ=k2は楕円積分

 \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}
のモジュールなのだから、この楕円積分逆関数sn(u, k)の周期 (4K, 2iK') を使ってτ = 2iK'/4K とする方が自然な感じがする。(リーマン面上の積分\normalsize{ \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}} から生じるヤコビ多様体(これ自体がリーマン面になり元のリーマン面と同型になる)の周期が (4K, 2iK') なので、やはりτ = 2iK'/4K とするのが正しい感じがする)。そうなっていないは次のような事情による。
まずx2 = y という変数変換をすると
 \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}  \, = \, \frac{1}{2}\int_0^y\frac{dy}{\sqrt{y(1-y)(1-k^2y)}}
となる。ここで
\int_0^y\frac{dy}{\sqrt{y(1-y)(1-k^2y)}}
逆関数をf(u)とすると、
f(u) = sn2(u/2, k)
となり、これを微分した関数は
f'(u) = sn(u/2,k)cn(u/2,k)dn(u/2,k)
となる。このf(u)、f'(u)はどちらも基本周期が (4K, 4iK') となり、しかも周期 (4K, 4iK') を持つ任意の楕円関数はf(u)とf'(u)の有理式として表すことができる。
そしてモジュールkやλ=k2は、本来
\int_0^y\frac{dy}{\sqrt{y(1-y)(1-k^2y)}}
に結びつけた方が適切な量のため、この積分から生じる周期の比 τ= 4iK'/4K でうまく式が成立する。

分岐点と非調和比とモジュールλ

\normalsize{\int \frac{dy}{\sqrt{y(1-y)(1-\lambda y)}}}とモジュールλは次のように関係している。
\sqrt{z(1-z)(1-\lambda z)}のような関数を複素関数として扱う場合、同じzに対して関数が複数の値を持つことが問題になる(特に積分を考えた場合)。そしてその問題はリーマン面を導入することでうまく扱われる。(説明は略)。
そのとき逆に、関数が複数の値を持たない点が特別な位置になる。(分岐点と呼ばれる)。
\sqrt{z(1-z)(1-\lambda z)}を扱う場合、z=0、1、1/λが分岐点になり、さらに無限遠点∞も分岐点となる(無限遠点∞は、元のz複素平面に対して、z=1/w の対応関係で別のw複素平面を貼り合せて、w=0となる点)。
一直線上にある4点については非調和比という値を考えることができる。複素平「面」とかリーマン「面」というとまぎらわしいけど、複素空間としては1次元なので、4点0、1、1/λ、∞の非調和比を考えられる。
非調和比の計算には4点の順番の取り方も関係する。順番の取り方は24通りあって4つずつ同じ値になり、異なる値としては6つの値が出てくる。0、1、1/λ、∞について非調和比を計算すると、6つの値のうちの一つがλになり、モジュールλとは分岐点の非調和比の値だったと解釈される。(非調和比の値の一つがλのとき、非調和比の値の全体は、λ、1-λ、1/λ、1/(1-λ)、(λ-1)/λ、λ/(λ-1)となる)。
次に第1種楕円積分 \normalsize{\int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}}に出てくる\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}について考えてみる。
この場合、分岐点は±1、±1/k の4点になる。(平方根の中の多項式が偶数次数の場合、無限遠点は分岐点にはならない)。この4点についての非調和比こそが、積分 \normalsize{\int \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}} の真のモジュールの値だと考えられる。
そして計算してみると非調和比の値のひとつが 4k/(1+k)2となるのだけど、これはランデンやガウスの変換に出てきた関係式 l=\frac{2\sqrt{k}}{1+k} での l2の値になっている。
ランデンやガウスの変換でモジュールをk→lとしたとき、周期の比は半分になるのだった。

\int_0^x\frac{dx}{\sqrt{x(1-x)(1-k^2x)}}
から出てくる周期の比は4iK'/4Kで、
 \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}
から出てくる周期の比は2iK'/4Kとなっていて、つまり両者を比べると周期の比が半分になっている。このことからも前者のモジュールをk2、後者のモジュールをl2 = 4k/(1+k)2と考えてちょうど辻褄があっている。
(楕円関数 sn(u,k)、cn(u,k)、dn(u,k)については、これらから生じる楕円関数体が、\normalsize{ \int_0^x \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(1-k^2x^2)}}}逆関数f(u)、f'(u)から生じる楕円関数体と同一なので、sn(u,k)、cn(u,k)、dn(u,k)の組に対しては、k2がモジュールだと考えることができる)。

ワイエルシュトラスのペー関数の場合

ついでにワイエルシュトラスのペー関数の場合を考える。
ワイエルシュトラスのペー関数℘(u)を定義する場合に普通は楕円積分は使わないけれど、値としては、

 \int_x^\infty \frac{dx}{\sqrt{4x^3-g_2x-g_3}}
逆関数と一致する。この場合の分岐点は、4x3 - g2x - g3 = 0 の解をe1、e2、e3としたとき、e1、e2、e3、∞の4点となり、非調和比(の一つ)は λ=(e2-e3)/(e1-e3)となる。

λ(τ) と J(τ)

SL(2,Z)の要素(つまり行列式がαδ-βγ= 1である整数行列)によって変数を τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)と変換した時にλ(τ)の値が不変かどうかを見てみる。するとすべての変換に対して常に不変になるわけではなく、元の値 λ(τ)=λに対して、λ(τ')は

  • λ、1-λ、1/λ、1/(1-λ)、(λ-1)/λ、λ/(λ-1)

の6つの値のいずれかになる。(非調和比の値のひとつがλのときの、非調和比の取りうる値全体になっている)。
特にαとδが奇数でβとγが偶数の場合の変換 τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)に対しては、λ(τ')=λ(τ) となり値が不変になる。
ここで、τの変換の一部分だけでなくどの変換に対しても値の変化しないような関数(つまり同値であるどのτに対しても常に同じ値を与えるような関数)を得たいとする。そのような関数はλ(τ)を使って構成することができる。
まず、λ(τ)に変数変換をおこなった時に現れる6つの値を考える。

  • λ(τ)
  • 1-λ(τ)
  • 1/λ(τ)
  • 1/(1-λ(τ))
  • (λ(τ)-1)/λ(τ)
  • λ(τ)/(λ(τ)-1)

これらに対して変数変換τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)を行うと、その結果は再びこれら6つのいずれかの値になり、しかも値は重複しない。つまり変換τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)は、6つの値{ λ、1-λ、1/λ、1/(1-λ)、(λ-1)/λ、λ/(λ-1) }に対して置換を引き起こしている。
ということは、この6つの値{ λ、1-λ、1/λ、1/(1-λ)、(λ-1)/λ、λ/(λ-1) }についての対称式を作ると、その式は変換 τ'=(ατ+β)/(γτ+δ)のどれに対しても値が変わらないことになる。
任意の対称式は基本対称式から(あるいはベキ乗和からでも)得られるので計算してみると次のようになる。
ただしA=\,\frac{(\lambda^2-\lambda+1)^3}{\lambda^2(\lambda-1)^2}と置いた。(このAは、θ22(0|τ)、θ33(0|τ)、θ00(0|τ) と置いて、λ= θ2434、θ04 + θ24 = θ34 の関係を使うと、A=\normalsize{\frac{1}{8}\frac{(\theta_2^4+ \theta_3^4+ \theta_0^4)^3}{\theta_2^4 \theta_3^4 \theta_0^4}}と表すこともできる)。

基本対称式
σ1 3
σ2 6 - A
σ3 7 - 2A
σ4 6 - A
σ5 3
σ6 1
ベキ乗和
3
2乗和 2A - 3
3乗和 3A - 6
4乗和 2A2 - 8A - 3
5乗和 5A2 - 25A + 3
6乗和 2A3 - 9A2 - 12A + 6

この計算結果から、{λ、1-λ、1/λ、1/(1-λ)、(λ-1)/λ、λ/(λ-1)}の任意の対称式は、A(あるいはそれに適当な定数c、dをつけた cA+d)の有理式として書けることが分かる。

このAは、デデキントの関数JとはJ=\frac{4}{27}Aの関係にある。つまり

J=\frac{4}{27}\frac{(\lambda^2-\lambda+1)^3}{\lambda^2(\lambda-1)^2}
ということになり、『複素関数 三幕劇』の引用に出てきた関係式が得られた。( A(τ)と定数倍違うのは、デデキントの関数は J(i) = 1 となるように定めた関数のため。τ=i は、λ(i)=1/2となる点で、このとき λ、1-λ、1/λ、1/(1-λ)、(λ-1)/λ、λ/(λ-1)の値が 1/2、1/2、2、2、-1、-1となり値が二つずつ重複する特殊な点になっている。またλ=(1±(√3)i)/2 となるとき(例えばτ=(±1+(√3)i)/2のとき)は値が三つずつ重複する点になり、そのとき J=0となる)。
この関数J(τ)を q=e2πiτ級数展開すると、初項が1/(1728q)となる。つまり留数が1/1728。そこでj(τ) = 1728J(τ) = 256A(τ) と定義すると、この関数は留数が1でかつ級数展開の係数がすべて自然数となる。こちらの関数の方がよく使われるのかもしれない。

文献

ここでの内容のうちモジュールの変換以外のことはおそらく河田敬義『ガウスの楕円関数論』(上智大学数学講究録No.24)に書かれているはずだけど、今のところネットではまだ読めない。その初めの部分を詳しくしたものが『新・数学の学び方』に収録されているけれど、初めの部分だけなのでヤコビの楕円関数、テータ関数、モジュラー関数などに触れる所までいっていない。
楕円関数とリーマン面、代数関数については佐武一郎『現代数学の源流 (下)』の7章「複素曲面(リーマン面)」、8章「代数関数論概説」。