複式簿記についてのメモ

複式簿記とは、というか「複式簿記」という記入システムについて。
ヨーロッパで複式簿記が使われだしたのが13、14世紀のイタリアで、10進数表記や筆算がヨーロッパで普及し始めた時期・場所とだいたい一致するけど何か関連があるのか、というのが元々の興味。
まず複式簿記の基本ルールだけ先に書いておく。

  • 帳簿に記入するとき、左側に書く金額(の合計)と右側に書く金額(の合計)は一致しなければならない。
  • 資産が増加した場合はそのことを左側の列に記入する。減少した場合はそのことを右側の列に記入する。

以上。

単式簿記が不便になるとき

現金で直接買い物するのではなく、あらかじめ商品券を10万円ぐらい買っておいて日常品の多くは商品券で支払うという暮らしをしているとする。この暮らしの下で家計簿をつけることを考える。
この場合、商品券を購入したことを家計簿に記録して、なおかつ商品券で支払った買い物の金額も家計簿にそのまま記録する、というわけにはいかない。そういう記録の仕方をすると支出の量が現実の倍に記録されてしまう。
どうすれば良いか。
ひとつのやり方として、商品券は現金の一部であるかのように扱うというものがある。つまり商品券を購入しても家計簿には記入しない(商品券を額面より安く買った場合の差額は収入として記入する)。でも現金だけでなく手持ちの商品券がどの程度あるのかも家計簿に記録しておきたいなら、このやり方ではうまくいかない。別のやり方として、現金についての帳簿と商品券についての帳簿というように帳簿を二つ用意して、現金の増減と商品券の増減を別々に記録するというやり方も考えられる。
類似の問題は預金に関しても発生する。預金の引き出し預け入れを家計簿に記録することにしておいて、なおかつ口座から引き落とされる代金もそのまま家計簿に記録すると、おかしなことになってしまう。
他にも、お金を借りたり貸した場合にも同様の問題が発生することになる。借金することによって手持ちの現金は増えたけど家計簿にはどう記録するかとか、カードによる支払いはどう扱うかとか。

単式簿記の場合

帳簿に記録したい資産(借金も資産の一種、負の資産だと考えられる)が複数ある場合に、単式簿記の形式(家計簿で普通使われるような書き方)で整合的に記録するためには、各資産ごとに帳簿を用意してそれに記入することになる。商品券の場合なら、現金についての帳簿と商品券についての帳簿という二つの帳簿を用意して、現金の増減と商品券の増減を別々に記録する。
でもそのようなやり方は、資産の種類が増えるほど面倒になっていくし、間違いも発生しやすくなる(例えば、何かを商品券+現金で買った場合とか、商品券を額面以下の値段で購入した場合とか)。

複式簿記の場合

複式簿記では資産の種類がどれだけあっても同一の帳簿に記録するので、記録したい資産の種類が多い場合は複式簿記を使うメリットが出てくる。
(発生主義(実際に現金が増減する時点ではなく、取引が成立した時点で資産が増減するとみなすやり方)が複式簿記(帳簿の記入形式を指す言葉)の特徴であるかのように説明されていたりするのも、たぶんこれが理由。
発生主義を取ると現金の増減とは異なる資産増減を考えることになるけど、実際の現金の増減も記録する必要も残る。結果として、現金、売掛金、買掛金、手形といった複数の資産の増減を記録することになる。そのため発生主義に基づいて帳簿をつける場合、複式簿記を選択する動機が増える。
まあ現金出納帳、売掛帳、買掛帳などと必要に応じて複数の帳簿を用意すれば、単式簿記でも記録できるのだけど)
また資産の種類が増えても帳簿をつける手間があまり増えないので、会計処理上の補正(減価償却とか)のために資産の種類を追加するといったこともやりやすい。

複式簿記の記入ルール

複式簿記の帳簿(「仕訳帳」「journal」)には借方(左側)、貸方(右側)という二つの列があって、どちらの列にも科目(「勘定科目」「title of account」)とその金額を記入する。その他に日付とか説明とかを書く欄があっても良いけど複式簿記の本質的な部分ではない。
そして最初にあげたように、複式簿記の記入で守らないといけないルールは非常に少ない。

  • 帳簿に記入するとき、左側に書く金額(の合計)と右側に書く金額(の合計)は一致しなければならない(科目をでっち上げてでも一致させる)。
  • 資産が増加した場合はそのことを左側の列に記入する。減少した場合はそのことを右側の列に記入する。

これだけ。

また、「左」「右」の2つに分類するのを、さらに細分して「出」「増」「減」「入」の4分類で考えた方が理解しやすいかもしれない。

  • 「左」は、「出」と「増」に細分
  • 「右」は、「減」と「入」に細分

ただし資本金の増加は「右」だけど 、「減」と「入」の中間的な位置づけなので4分類に当てはめにくい。

9万円払って10万円分の商品券を買ったとする。「商品券」資産が10万円増加して「現金」資産が9万円減少したので、左側に10万円、右側に9万円を記入することになる。でもこれだけでは左右の金額が一致しない。右側に何かを1万円分付け加えて金額を一致させる必要がある。
その結果、例えば次のように書ける。

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商品券 : 100000 (資産の増加) 現金 : 90000 (資産の減少)
雑利益 : 10000 (利益(収益))
※商品券を買う

(商業簿記では「商品券」というのは自社の商品券に関する科目なので、この例の場合なら「他店商品券」という科目を使う)
このように、収入、利益が発生した場合には右側の列にその金額を書くことが、基本ルールから導かれる。
さらにこれを4分類で考えると、

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100000 (商品券資産の増加) 90000 (現金資産の減少) 10000 (額面上、得をした金額) ※商品券を買う

となる。

次に、出費は左側に書く。例えば次のようになる。

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預金 : 170000 (資産の増加)
税金 : 30000 (出費(費用))
給料 : 200000 (収入(収益)) ※給料振込
現金 : 40000 (資産の増加)
手数料 : 105 (出費(費用))
預金 : 40105 (資産の減少) ※預金の引き出し

(預金しているお金と手元のお金を区別しないで一括りにして扱うなら、「預金→現金」の変化は記入せず

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手数料 : 105 (出費(費用)) 現金 : 105 (資産の減少) ※預金の引き出し

のように手数料だけが記入される)
これらを4分類で考えると次のようになっている。

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30000 (税金) 170000 (現金資産の増加) 200000 (給料) ※給料振込
105 (手数料) 40000 (現金資産の増加) 40105 (預金資産の減少) ※預金の引き出し (現金資産と預金資産を別で扱っている場合)
105 (手数料) 105 (現金資産の減少) ※預金の引き出し (現金と預金を合わせて一つの資産としている場合)

また、負債(負の資産)の増加は右側に記入し、負債の減少は左側に記入することになる。

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現金 : 50000 (資産の増加) 借金 : 50000 (負債の増加) ※借金して現金を手に入れた
食費 : 2000 未払金(クレジットカード) : 2000 (負債の増加) ※食事をしてカードで支払った
未払金(クレジットカード) : 2000 (負債の減少) 預金 : 2000 (資産の減少) ※食事代が引き落とされた

4分類では次のようになる。

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50000 (現金資産の増加) 50000 (借金の増加 = 資産減少) ※借金して現金を手に入れた
2000 (食費) 2000 (未払金の増加 = 資産減少) ※食事をしてカードで支払った
2000 (未払金の減少 = 資産増加) 2000 (預金資産の減少) ※食事代が引き落とされた

商品券と現金を組み合わせて支払った場合の記入は次のように書ける。

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娯楽費 : 8000 商品券 : 5000
現金 : 3000
※商品券と現金を組み合わせて支払いした
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8000 (娯楽費) 5000 (商品券資産の減少)
3000 (現金資産の減少)
※商品券と現金を組み合わせて支払いした

(標準的なやり方(総勘定元帳に転記→決算書を作成)では、これらのデータを科目ごとに分けてから集計するという作業をする。そのため、娯楽費のどれだけを商品券で払ってどれだけを現金で払ったのかという情報は集計データには反映されないので、そういう情報を知りたい場合には困る。簿記ソフトでは追跡できるようになっているかもしれないけど)
出てきた例をまとめてグラフで表すとこうなる。
灰丸が「費用」、白四角が「資産」、灰四角が「負債」、白丸が「収益」

「資産」について

減価償却

ひとつ300万円するとてもありがたい壷を5年ごとに買っているとする。これをそのまま帳簿に記録すればこんな風になる。

交際費 : 3000000 現金 : 3000000

4分類ではこう。

3000000 (交際費) 3000000 (現金資産の減少)

これが5年ごとに帳簿に記録される。でも壷を買わない4年間については交際費が発生しない。そこで交際費を平均化して毎年60万円ずつ出したことにしたいとする。
これは次のように処理できる。
まず壷を買った時点で次のように記入する。

壷 : 3000000 現金 : 3000000

この「壷」という科目は資産を表す科目として扱う。つまり買った時点では、壷には資産として300万円の価値がある(帳簿上)。そして毎年の交際費は次のように記入する。

交際費 : 600000 壷 : 600000

これで毎年、壷の価値が60万円ずつ減っていく(帳簿上)。

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3000000 (壷資産の増加) 3000000 (現金資産の減少) ※壷を買う
600000 (交際費) 600000 (壷資産の減少) ※1年ごとに

こうすれば、複式簿記の記入ルールを守りつつ交際費を分割して記入できる。出費も総計では一致している。一見無茶なやり方だけど、やっていることは減価償却と同じ。この時、この壷に帳簿に記録されている額の資産価値が実際にあるかどうかということは重要ではない。たんに交際費を分割して記入するために資産とされている。
このように帳簿上の補正のために資産を導入するということも(やりたいならば)できる。
企業の「設備」資産や「備品」資産も、額を見て企業の資産規模を把握するという目的よりも、減価償却を使って設備投資にかかる費用を分割させるという目的の方が主のような気がする。実際のところは知らないけど。

仮払金

出張費をとりあえず5万円渡しておいて帰ってきてから余った金額1万円を返してもらったとする。この場合、実感としては、出張費を渡した時点ですでに5万円の出費があったという印象をうける。でも帳簿にはたぶん次のような感じに記入される。

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仮払金 : 50000 現金 : 50000 ※出張費を渡した時点
旅費 : 40000
現金 : 10000
仮払金 : 50000 ※出張費を清算した時点

4分類で考えると、次のようになっている。

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50000 (仮払金資産の増加) 50000 (現金資産の減少) ※出張費を渡す
40000 (旅費) 10000 (現金資産の増加) 50000 (仮払金資産の減少) ※出張費の精算をする

ここで「仮払金」は資産で、出張費を渡した時点では費用は発生せず資産全体の額は全く減っていないことになる。これは何となく実感とずれている感じがする。
でもこのような場合に仮払金が出費に思えるか資産に思えるかというのはどうでも良い。その科目が帳簿で増減を記録されるものならそれは「資産」になる。
逆にどんなに資産価値があるものでも、それが帳簿で継続的に記録され追跡されなければ「資産」ではない。売買してもそれに関する「費用」や「収益」が発生するだけ。