素因数分解の一意性とイデアルについて

代数的整数論ノート

  1. 素因数分解の一意性の喪失と回復
  2. 補足1: イデアルの導入
  3. 補足2: 素イデアル分解の一意性の証明

目次

素因数分解の一意性の喪失と回復

素因数分解の一意性が成り立つ場合

例えばガウス整数\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]=\left\{a+b\sqrt{-1}\middle| a,b\in \mathbb{Z} \right\}の世界では、
2=(1+\sqrt{-1})(1-\sqrt{-1})
5=(1+2\sqrt{-1})(1-2\sqrt{-1})
と分解されるので、2も5もどちらも素数ではなくなる。代わりに
1+\sqrt{-1},\quad 1+2\sqrt{-1},\quad 1+2\sqrt{-1}
素数になる(1-\sqrt{-1}は単元(逆数を持つ数)-\sqrt{-1}を使って1-\sqrt{-1}=-\sqrt{-1}\left(1+\sqrt{-1}\right)と書けるので1+\sqrt{-1}と実質同じ素数。普通の整数におけるp-pのような関係)。
他にもp=4n+1の形の素数
a^2+b^2=\left(a+b\sqrt{-1}\right) \left(a-b\sqrt{-1}\right)
のように二つの数の積に分解される。
通常の整数(有理整数)\mathbb{Z}ではもちろん素因数分解の一意性が成り立つけれど、\mathbb{Z}[\sqrt{-1}]の世界でも素因数分解の一意性が成り立っている。
他にも例えば\mathbb{Z}[\sqrt{-2}]=\left\{a+b\sqrt{-2}\middle| a,b\in \mathbb{Z} \right\}\mathbb{Z}[\sqrt{2}]=\left\{a+b\sqrt{2}\middle| a,b\in \mathbb{Z} \right\}の世界でも素因数分解の一意性が成り立っている。素因数分解が成り立っていれば、その領域でも通常の整数\mathbb{Z}にならって整数論を展開していくことができる。

\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の場合

しかし例えば\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]では
6=2\cdot3 =(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})
となって、素因数分解の一意性が成り立たない。素因数分解の一意性は整数の非常に重要な性質なので、それが成り立たないのはうれしくない。
そこで2,\,3,\,1+\sqrt{-5},\,1-\sqrt{-5}が、さらに分解できるとみなしてみる。
ただし\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の普通の数で考えると実際には分解できないので、代わりにイデアルというものを考える。
数と区別するために(2),\,(3),\,(1+\sqrt{-5}),\,(1-\sqrt{-5})と書くことにする。これらはさらに分解することができて分解の一意性が回復される。

\mathbb{Z}[\sqrt{-3}]の場合

とはいえイデアルを導入したからといって分解の一意性が必ず回復するわけではない。
例えば\mathbb{Z}[\sqrt{-3}]では
4=2\cdot 2 = (1+\sqrt{-3})(1-\sqrt{-3})
12=2\cdot 2\cdot 3 = (3+\sqrt{-3})(3-\sqrt{-3})
のように複数の分解が存在する。そして\mathbb{Z}[\sqrt{-3}]の場合は、たとえイデアルで考えても分解の一意性は成り立たない。
しかし\sqrt{-3}の代わりに\omega=\frac{-1+\sqrt{-3}}{2}を取って、\mathbb{Z}[\omega ](アイゼンシュタイン整数)で考えると
 (1+\sqrt{-3})(1-\sqrt{-3}) =  \frac{1+\sqrt{-3}}{2} \cdot \frac{1-\sqrt{-3}}{2} \cdot 4 = \omega \cdot \omega^2 \cdot 4
 3= \frac{3+\sqrt{-3}}{2} \cdot \frac{3-\sqrt{-3}}{2}
のように分解でき、一意性が成り立つ(\omegaは単元(逆元を持つ数)なので、その違いは無視する)。

整閉性と代数的整数

イデアル分解の一意性が成り立つ世界(環)をデデキント環とかデデキント整域という。では、いつデデキント環になるのか。ここで必要になるのが「整閉である」という条件で、これが成り立つとデデキント環になる(他に必要な条件はこの場面では常に成り立っている)。
整閉の説明はここでは略す。重要なのは整閉という性質そのものよりも、代数体Kに含まれている代数的整数全部からなる環(整数環)O_Kが整閉になる(よってデデキント環になる)ということ。今まで出てきたもので言えば次のようになる。

代数体K 整数環O_K
\mathbb{Q}(\sqrt{-1}) \mathbb{Z}[\sqrt{-1}]
\mathbb{Q}(\sqrt{-2}) \mathbb{Z}[\sqrt{-2}]
\mathbb{Q}(\sqrt{2}) \mathbb{Z}[\sqrt{2}]
\mathbb{Q}(\sqrt{-5}) \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]
\mathbb{Q}(\sqrt{-3}) \mathbb{Z}[\frac{-1+\sqrt{-3}}{2}]

代数的整数論で代数的整数が大事である理由、代数的整数論が体論(ガロア理論)と密接に関わってくる理由の一端がこれ。

補足1: イデアルの導入

普通、イデアルの定義は天下り的に与えられるけれど、ここではかなり強引にではあるけど分解の一意性の回復を目指す過程でイデアルを導入する。
そのためにまず素因数分解の一意性の証明をふりかえる。

ユークリッド補題

素因数分解の一意性を証明するうえで一番難しいのは次の補題を証明すること。

(ユークリッド補題)
p素数のとき、
p|abならば、p|aまたはp|bである。

この補題はしばしば自明のものとして使われるけど、実際に証明しようとするとかなり難しい(LispSchemeの講義でユークリッドの互除法を教えたついでにユークリッド補題を証明させてみたらほとんど出来なかったとか)。
ユークリッド補題

(ユークリッドの互除法の系)
整数a,bに対して、ある整数x,yが存在して
ax+by=\gcd(a,b)
とできる。

ということから証明できる。

(ユークリッド補題)
p素数のとき、p|abならば、p|aまたはp|bである

の証明

  1. p|abかつp\not|aとする。
  2. (素数pの約数は1とpで)apの倍数ではないので\gcd(p,a)=1
  3. よって(互除法の系より)あるx,yが存在してpx+ay=1
  4. 両辺にbをかけるとpbx+aby=b
  5. p|pbxかつp|ab(1の前提)なのでp|pbx+aby(4の左辺)となり、p|b(4の右辺)となる。(証明終わり)

これでユークリッド補題は証明できたけれど、今度は

(ユークリッドの互除法の系)
整数a,bに対して、ある整数x,yが存在して
ax+by=\gcd(a,b)
とできる。

の証明が必要になる。これはユークリッドの互除法を使って証明できるけど、話の都合上いくらか見かけの違う証明をする。

(略証)
集合S\equiv\{ax+by|x,y \in \mathbb{Z}\}を考える。この集合に含まれる正の要素のうちで大きさが最小となる数をcとする。このとき

  • S=\{cx|x \in \mathbb{Z}\}と書ける(つまりSの要素はある数cの倍数からなる)。これは余り付きの割り算を用いて示すことができる(cの倍数にならないc' \in Sがもしあればc'cで割った余りrSに含まれてかつcより小さいので矛盾する)。
  • ca,bの最大公約数。

となる。
よって\gcd(a,b)=c\in Sなので、ax+by=\gcd(a,b)とできる。(略証終わり)

ここで特に次の結果が重要。

任意にa,b \in \mathbb{Z}を取ったとき、
S\equiv \left\{ax+by|x,y \in \mathbb{Z} \right\}に対して、あるcをとってS=\left\{cx|x \in \mathbb{Z}\right\}とできる

これで素因数分解の一意性の証明で一番面倒な部分が片付いた。証明の他の部分は整数の基本的な性質からそれほど困難なくおこなえる。

\mathbb{Z}以外の場合

ここまでの証明は有理整数\mathbb{Z}についておこなってきた。
しかし\mathbb{Z}以外の環(足し算・引き算・掛け算が自由にできる集合)Rでも、互除法の系にあたる

任意にa,b \in Rを取ったとき、
S\equiv \left\{ax+by|x,y \in R\right\}に対して、あるcをとってS=\left\{cx|x \in R\right\}とできる

が成り立っているなら、整数の場合と同じようにしてユークリッド補題が証明でき、それを使って素因数分解の一意性を証明することができる。

集合を用いた言い換え

ここで記述を単純化するために次のような記法
(a_1,a_2,\ldots,a_n)_{R}\equiv^{\rm{def}} \left\{a_1x+a_2y+\cdots+a_{n}z\middle|x,y,\ldots,z\in R\right\}
を導入する(もちろんこれがイデアルなのだけど、まだこの時点では知らないふりをする)。右下の添字Rはゴチャゴチャするのでだいたい省略する。この記法を使うと、

任意にa,b \in Rを取ったとき、
S\equiv \{ax+by|x,y \in R\}に対して、あるcをとってS=\{cx|x \in R\}とできる

は、次のように短く書ける。

任意にa,b\in Rを取ったとき、あるc\in Rがあって
(a,b)=(c)

前節の二つの補題は次のように言い換えることができる。

元の言い方集合を使った言い換え
a,bに対して
x,yが存在して
ax+by=\gcd(a,b)
a,bに対して
cが存在して
(a,b)=(c)
(ユークリッド補題)
p素数p\mid abならば
p \mid aまたはp\mid bである。
p素数ab \in (p)ならば
a\in (p)またはb \in (p)である。
p素数(a)(b) \subseteq (p)ならば
(a)\subseteq(p)または(b)\subseteq(p)である。

\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の場合

すでに見たように\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]では素因数分解の一意性が成り立たなかった。
一意性の証明に必要だった性質と、 \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の場合を比べると次のようになる。

素因数分解の一意性の証明に使う補題\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の場合
(互除法の系)
a,bに対してx,yが存在して
ax+by=\gcd(a,b)
21+\sqrt{-5}の最大公約数は1だけど
2x+(1+\sqrt{-5})y=1となるx,yは存在しない。
(ユークリッド補題)
p素数p\mid abならば
p \mid aまたはp\mid bである。
2素数(既約元)で、2|\, (1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})だけど
2\not| \, 1+\sqrt{-5}かつ2\not| \, 1-\sqrt{-5}
(※「既約元」というのは、単元(逆元を持つ元)と自分自身以外で割り切れないもののこと。また「abを割り切る」(記号で書くと a|b)というのは、「あるcが存在してac=bとなる」こと)
集合を使った形で言うと次のようになる。
補題\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の場合
(互除法の系)
a,bに対してcが存在して
(a,b)=(c)
\left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)=(c)となるcは存在しない。
(ユークリッド補題)
p素数ab \in (p)ならば
a\in (p)またはb \in (p)である。
2素数(既約元)で、(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5}) \in (2)だけど
1+\sqrt{-5} \not\in (2)かつ1-\sqrt{-5} \not\in (2)
したがって\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]では素因数分解の一意性を証明できない。
しかしここに出てきた\left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)に注目すると、ユークリッド補題に類似した次の性質が成り立っている。

ab \in \left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)ならば、a\in \left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)またはb \in \left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)

これは \left(2, \, 1-\sqrt{-5}\right) , \, \left(3, \, 1+\sqrt{-5}\right) , \,\left(3, \, 1+\sqrt{-5}\right)等でも成立する。
それから、
\left(2, \, 1-\sqrt{-5}\right) = \left(2, \, 1-\sqrt{-5}\right)
であることも簡単な計算をしてみると判る。
さらにかけ算を次のように定義してみる。

(a_1,a_2,\ldots,a_m)(b_1,b_2\ldots,b_n)\equiv(a_1b_1,\, a_1 b_2, \, \ldots,\,a_m b_{n-1}, \,  a_m b_n)

すると次のような式が成立する。
 \begin{eqnarray} \left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)^{2} &=& \left(4, \, 2(1+\sqrt{-5}), \, 2(-2+\sqrt{-5})\right) = (2)  \\ \left(3, \, 1+\sqrt{-5}\right)^{2} &=& (2-\sqrt{-5}) \\ \left(3, \, 1-\sqrt{-5}\right)^{2} &=& (2+\sqrt{-5}) \\ \left(3, \, 1+\sqrt{-5}\right) \left(3, \, 1-\sqrt{-5}\right)  &=& (3) \\  \left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right) \left(3, \, 1+\sqrt{-5}\right)  &=& (1+\sqrt{-5}) \\  \left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right) \left(3, \, 1-\sqrt{-5}\right)  &=& (1-\sqrt{-5}) \end{eqnarray}
したがって、
6=2\cdot3 =(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})
という二種類の分解も、集合では
(6)=\left(2, \, 1+\sqrt{-5}\right)^{2}\left(3, \, 1+\sqrt{-5}\right)\left(3, \, 1-\sqrt{-5}\right)
という一種類の関係になる。

イデアルの導入

\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]の例が示唆しているのは、数の代わりに
(a_1,a_2,\ldots,a_n) = \left\{a_1x+a_2y+\cdots+a_{n}z\middle|x,y,\ldots,z\in R\right\}
という集合を使えば分解の一意性が回復するのでは、ということ。なのでこのような集合(正確な定義は略す)を導入してイデアルと呼ぶことにする。
また素因数分解の一意性の証明に必要だった性質「p素数ab \in (p)ならばa\in (p)またはb \in (p)である」(ユークリッド補題)にならって

ab \in Pならばa\in Pまたはb \in Pである

を「Pが素イデアルである」ことの定義とする。
定義なので、素数の場合と違って、ユークリッド補題にあたる性質は素イデアルでは自明に成り立つ。
とはいえ、ユークリッド補題にあたるものが常に成り立つのだから素イデアル分解の一意性も成り立つかというと、そうではない。
素因数分解の一意性の証明ではユークリッド補題以外にも数について当たり前のように成り立つ性質をいくつか使っている。それに対応するものがイデアルについて成り立たないと、素イデアル分解の一意性は成立しない(「整域」であり、「ネーター環である」「素イデアル=極大イデアル」「整閉」という条件を満たせばいい)。

補足2: 素イデアル分解の一意性の証明

「素イデアル分解の存在と一意性が成り立つ条件」(2014-07-12)に移動した。