代数的整数論ノート
目次
素因数分解の一意性の喪失と回復
素因数分解の一意性が成り立つ場合
例えばガウス整数の世界では、
と分解されるので、2も5もどちらも素数ではなくなる。代わりに
が素数になる(は単元(逆数を持つ数)を使ってと書けるのでと実質同じ素数。普通の整数におけるとのような関係)。
他にもの形の素数は
のように二つの数の積に分解される。
通常の整数(有理整数)ではもちろん素因数分解の一意性が成り立つけれど、の世界でも素因数分解の一意性が成り立っている。
他にも例えばやの世界でも素因数分解の一意性が成り立っている。素因数分解が成り立っていれば、その領域でも通常の整数にならって整数論を展開していくことができる。
の場合
しかし例えばでは
となって、素因数分解の一意性が成り立たない。素因数分解の一意性は整数の非常に重要な性質なので、それが成り立たないのはうれしくない。
そこでが、さらに分解できるとみなしてみる。
ただしの普通の数で考えると実際には分解できないので、代わりにイデアルというものを考える。
数と区別するためにと書くことにする。これらはさらに分解することができて分解の一意性が回復される。
の場合
とはいえイデアルを導入したからといって分解の一意性が必ず回復するわけではない。
例えばでは
のように複数の分解が存在する。そしての場合は、たとえイデアルで考えても分解の一意性は成り立たない。
しかしの代わりにを取って、(アイゼンシュタイン整数)で考えると
のように分解でき、一意性が成り立つ(は単元(逆元を持つ数)なので、その違いは無視する)。
補足1: イデアルの導入
普通、イデアルの定義は天下り的に与えられるけれど、ここではかなり強引にではあるけど分解の一意性の回復を目指す過程でイデアルを導入する。
そのためにまず素因数分解の一意性の証明をふりかえる。
ユークリッドの補題
素因数分解の一意性を証明するうえで一番難しいのは次の補題を証明すること。
この補題はしばしば自明のものとして使われるけど、実際に証明しようとするとかなり難しい(LispかSchemeの講義でユークリッドの互除法を教えたついでにユークリッドの補題を証明させてみたらほとんど出来なかったとか)。
ユークリッドの補題は
(ユークリッドの互除法の系)
整数に対して、ある整数が存在して
とできる。
ということから証明できる。
の証明
- かつとする。
- (素数の約数は1とで)がの倍数ではないので。
- よって(互除法の系より)あるが存在して。
- 両辺にをかけると
- かつ(1の前提)なので(4の左辺)となり、(4の右辺)となる。(証明終わり)
(ユークリッドの互除法の系)
整数に対して、ある整数が存在して
とできる。
の証明が必要になる。これはユークリッドの互除法を使って証明できるけど、話の都合上いくらか見かけの違う証明をする。
(略証)
集合を考える。この集合に含まれる正の要素のうちで大きさが最小となる数をとする。このとき
- と書ける(つまりの要素はある数の倍数からなる)。これは余り付きの割り算を用いて示すことができる(の倍数にならないがもしあればをで割った余りはに含まれてかつより小さいので矛盾する)。
- はの最大公約数。
となる。
よってなので、とできる。(略証終わり)
ここで特に次の結果が重要。
任意にを取ったとき、
に対して、あるcをとってとできる
これで素因数分解の一意性の証明で一番面倒な部分が片付いた。証明の他の部分は整数の基本的な性質からそれほど困難なくおこなえる。
以外の場合
ここまでの証明は有理整数についておこなってきた。
しかし以外の環(足し算・引き算・掛け算が自由にできる集合)でも、互除法の系にあたる
任意にを取ったとき、
に対して、あるをとってとできる
が成り立っているなら、整数の場合と同じようにしてユークリッドの補題が証明でき、それを使って素因数分解の一意性を証明することができる。
集合を用いた言い換え
ここで記述を単純化するために次のような記法
を導入する(もちろんこれがイデアルなのだけど、まだこの時点では知らないふりをする)。右下の添字はゴチャゴチャするのでだいたい省略する。この記法を使うと、
任意にを取ったとき、
に対して、あるをとってとできる
は、次のように短く書ける。
任意にを取ったとき、あるがあって
前節の二つの補題は次のように言い換えることができる。
元の言い方 | 集合を使った言い換え | |
---|---|---|
に対して が存在して |
に対して が存在して |
|
(ユークリッドの補題) が素数でならば またはである。 |
が素数でならば またはである。 |
が素数でならば またはである。 |
の場合
すでに見たようにでは素因数分解の一意性が成り立たなかった。
一意性の証明に必要だった性質と、 の場合を比べると次のようになる。
素因数分解の一意性の証明に使う補題 | の場合 |
---|---|
(互除法の系) に対してが存在して |
との最大公約数はだけど となるは存在しない。 |
(ユークリッドの補題) が素数でならば またはである。 |
は素数(既約元)で、だけど かつ |
集合を使った形で言うと次のようになる。
補題 | の場合 |
---|---|
(互除法の系) に対してが存在して |
となるは存在しない。 |
(ユークリッドの補題) が素数でならば またはである。 |
は素数(既約元)で、だけど かつ |
しかしここに出てきたに注目すると、ユークリッドの補題に類似した次の性質が成り立っている。
ならば、または
これは等でも成立する。
それから、
であることも簡単な計算をしてみると判る。
さらにかけ算を次のように定義してみる。
すると次のような式が成立する。
したがって、
という二種類の分解も、集合では
という一種類の関係になる。
イデアルの導入
の例が示唆しているのは、数の代わりに
という集合を使えば分解の一意性が回復するのでは、ということ。なのでこのような集合(正確な定義は略す)を導入してイデアルと呼ぶことにする。
また素因数分解の一意性の証明に必要だった性質「が素数でならばまたはである」(ユークリッドの補題)にならって
ならばまたはである
を「が素イデアルである」ことの定義とする。
定義なので、素数の場合と違って、ユークリッドの補題にあたる性質は素イデアルでは自明に成り立つ。
とはいえ、ユークリッドの補題にあたるものが常に成り立つのだから素イデアル分解の一意性も成り立つかというと、そうではない。
素因数分解の一意性の証明ではユークリッドの補題以外にも数について当たり前のように成り立つ性質をいくつか使っている。それに対応するものがイデアルについて成り立たないと、素イデアル分解の一意性は成立しない(「整域」であり、「ネーター環である」「素イデアル=極大イデアル」「整閉」という条件を満たせばいい)。
補足2: 素イデアル分解の一意性の証明
「素イデアル分解の存在と一意性が成り立つ条件」(2014-07-12)に移動した。