コンパクトと点列コンパクト

前に書いた「収束から始める位相入門」では、収束性をもとにして、位相概念「開集合」「閉集合」「開核」「閉包」「近傍」を説明した。
この流れでいくと「コンパクト」についても、点列コンパクトつまり

Xは点列コンパクト ≡ Xの点列は、収束する部分列を必ず持つ。

から説明したくなる。
けれど、コンパクト性

Xはコンパクト ≡ Xのどの開被覆についても、そこから有限個による被覆を必ず取れる。

と点列コンパクト性は、一般的には一致しない。
「フィルター」を導入すれば点列コンパクトとコンパクトの関係は見やすくなるけれど、今度は「フィルター」の導入コストがかかる。

※ フレシェが「コンパクト」という語を最初に導入した時点(1906)では、「コンパクト」の定義は点列コンパクトに近いものを指していたらしい。

実数論におけるコンパクトの起源は2つあって、ひとつは前にも言ったボルツァノとワイエルシュトラスの最大値の定理のために集積点を保証することだが、もうひとつ、連続関数のリーマン積分可能性を証明するため、連続関数の一様連続性を示したハイネに始まり、ボレルやルベーグによって定式化された被覆定理がある。これは、各点ごとの局所的性質を有限個の被覆でつなぐ、一種の有限性を意味するので、こちらのほうが、数学の多くの分野へと拡がり、今ではコンパクトの定義はこちらでなされることが多い。………先にも言った、「位相空間論の形成」とは、ワイエルシュトラス流がボレル流と統一される歴史でもあって、「コンパクト概念の形成」の歴史でもある。フレシェの段階はまだ、点列の収束の段階だから、今では「点列コンパクト」とか、「半コンパクト」とか呼ばれる、中途半端な概念である。
(『フレシェ 抽象空間論』解説:位相の源流(森毅))

その後、1920年代ぐらいにロシアの研究者たちによって現在の被覆によるコンパクトの定義になる。また「コンパクト」という語をなぜ選んだかについては、フレシェ本人は忘れたと後にコメントしているとのこと。

フィルターから見たコンパクト

「Xのフィルター」というのは

  • Xの部分集合の集まりで、いくつかの性質(フィルターの公理)を満たすもの。
  • 「X上の点列」を集合によって一般化したものという側面を持つ。

のだけど、とりあえずフィルターに関わる定義は一切省略する。

点列コンパクト

点列コンパクトとコンパクトの関係を見ると、次のようになる。

Xは点列コンパクト Xの点列は、収束する部分列を必ず持つ。
Xはコンパクト Xのフィルターは、収束する拡大フィルターを必ず持つ。

(※ 記号「≡」「⇔」の使い分けは、「≡」が定義、「⇔」が同値といったニュアンスだけど、きっちりした使い分けをする訳ではない)
「点列」≒「フィルター」、「部分列」≒「拡大フィルター」という対応関係がある。
しかし点列とフィルターの間には一般的には次のような非対称な関係がある。

  • 点列があったとき、その点列からフィルターを作ることができる。このとき元になった点列が収束するかどうかと、対応するフィルターが収束するかどうかは一致する。
  • 一方、フィルターに対して、そのフィルターに対応する点列があるとは限らない。

このため、コンパクト性と点列コンパクト性は一般的には一致しない。

  • 点列コンパクト性が成り立っていると、点列に対応するフィルターは収束するフィルター(収束部分列に対応するフィルター)に拡大できる。しかし点列に対応しないフィルターについては、それを収束フィルターに拡大できるとは限らない(のでコンパクト性が成り立つとは限らない)。
  • コンパクト性が成り立っていると、点列に対応するフィルターを収束するフィルターに必ず拡大できる。しかし拡大したフィルターに対応する点列が存在するとは限らない(ので収束部分列があるとは限らず、点列コンパクト性が成り立つとは限らない)。
集積点コンパクト (極限点コンパクト limit point compact)

次のような類似関係もある。

Xは集積点コンパクト Xの任意の点列は集積点を必ず持つ。
Xはコンパクト Xのフィルターは触点を必ず持つ。

これについては「コンパクト⇒集積点コンパクト」が成り立つ。
距離空間では、「コンパクト」「点列コンパクト」「極限点コンパクト」は、どれも同値になる。

交差性による特徴付け

フィルターによる

Xはコンパクト ⇔ Xのフィルターは、収束する拡大フィルターを必ず持つ。

は、選択公理を使って極大フィルター(これ以上拡大できないフィルター)の場合に帰着させると

Xはコンパクト ⇔ Xの極大フィルターは必ず収束する。

となる。(コンパクト性のこの特徴付けを使うとチコノフの定理の証明が楽になる。チコノフの定理を証明するときに必要な「極大なものを取る操作」がコンパクト性に既に含まれているので)。
また

Xはコンパクト ⇔ Xのフィルターは触点を必ず持つ。

は、一見そうは見えないけど、閉集合による特徴付け

Xはコンパクト ⇔ Xの閉集合の集まりで有限交差性を持つものは、必ず交差性を持つ。

と、ほとんど同じことを言っている。
まず「フィルター」「部分集合の集まり」「閉集合の集まり」のどれを使っても

  • Xはコンパクト ⇔ Xのどのフィルターについても「閉包を取ったものが有限交差性を持つなら、閉包を取ったものは交差性を持つ」。
  • Xはコンパクト ⇔ Xの部分集合のどんな集まりについても「閉包を取ったものが有限交差性を持つなら、閉包を取ったものは交差性を持つ」。
  • Xはコンパクト ⇔ Xの閉集合のどんな集まりについても「閉包を取ったものが有限交差性を持つなら、閉包を取ったものは交差性を持つ」。

が成り立つ。
ここで、フィルターについては「閉包を取ったものは交差性を持つ」は「触点を持つ」に言い換えられる。(フィルターの触点というのはフィルターの各要素の閉包の交差する部分(共通部分)なので)。さらにフィルターは有限交差性が常に成り立っているので、「閉包を取ったものが有限交差性を持つなら」も常に成り立つので言う必要がない。
また閉集合は閉包を取っても変わらないので、「閉包を取ったもの」の部分は取ってもかまわない。そのため、

  • Xはコンパクト ⇔ Xのフィルターは触点を必ず持つ。
  • Xはコンパクト ⇔ Xの閉集合の集まりで有限交差性を持つものは、必ず交差性を持つ。

は、同じ条件を違う対象(「フィルター」と「閉集合の集まり」)に与えている。

交差性と被覆

Xの部分集合の集まりSに対して、Sの各要素の補集合を集めたものを
S' = { Ac | A ∈ S }
と書くことにする。
そうすると、「Sは交差する」
\left(\cap_{A\in S}A\right) \not= \emptyset
は、「S'はXを被覆しない」
\left(\cup_{B\in S'}B\right) = \left(\cup_{A\in S}A^{c}\right) \not= X
と同値になる。それぞれ否定を取れば「Sは交差しない ⇔ S'はXを被覆する」でもある。
有限交差と有限被覆に関しても

  • Sは有限交差する(Sのどの有限部分も交差する) ⇔ S'のどの有限部分でもXを被覆しない。
  • Sは有限交差しない(Sの有限部分で交差しないものがある) ⇔ S'のある有限部分でXを被覆する。

の同値関係がある。
これを使うと、

Xはコンパクト ⇔ Xの閉集合のどんな集まりSについても「Sが有限交差するなら、Sは交差する」。

Xはコンパクト ⇔ Xの閉集合のどんな集まりSについても「S'のどの有限部分もXを被覆しないなら、S'はXを被覆しない」。

となり、集合の集まりSを集合の集まりT (=S')に置き換えて、

Xはコンパクト ⇔ Xの開集合のどんな集まりTについても「Tのどの有限部分もXを被覆しないなら、TはXを被覆しない」。

と書き換えられ、さらに「……」の中について対偶を取ると、

Xはコンパクト ⇔ Xの開集合のどんな集まりTについても「TがXを被覆するなら、Tのある有限部分がXを被覆する」。

となる。これはコンパクトに対する通常の定義

Xはコンパクト ≡ Xのどの開被覆についても、そこから有限個による被覆を必ず取れる。

と同じ。

コンパクト性のまとめ

ここまで出てきたコンパクト性の特徴付けを逆にたどっていくと次のようになる。

Xはコンパクト Xのどの開被覆についても、そこから有限個による被覆を必ず取れる。
Xの閉集合の集まりで有限交差性を持つものは、必ず交差性を持つ。
Xの部分集合のどんな集まりについても「閉包を取ったものが有限交差するなら、閉包を取ったものは交差する」。
Xのフィルターは触点を必ず持つ。
Xのフィルターは、収束する拡大フィルターを必ず持つ。
Xの極大フィルターは必ず収束する。
Xは集積点コンパクト Xの任意の点列は集積点を必ず持つ。
Xは点列コンパクト Xの点列は、収束する部分列を必ず持つ。

(関連: 「チコノフの定理の証明の概略」)