エルブラン商とエルブランの補題についてのメモ

エルブランというと、述語論理に出てくる「エルブランの定理」や「エルブラン領域」などがまず思い浮かぶけれど、整数論についての貢献もある。
逆にエルブラン整数論の人と認識していて、論理学の業績があることを知らないという人もいるみたいだけど。

 上記、随分長かったが、K/kが環状体[=巡回拡大]である場合だけには基本定理[アーベル拡大体は類体である]の証明が出来た。これから先きは楽である。
 筆者は紀要論文(27-62頁)で、先ず素数次の環状体に関して証明をして、素数次の環状体を積み重ねて一般環状体に移乗した。その途も短くない。
 素数次の場合の方法が直に一般の環状体に適用され得ることを指摘したのは、不幸にして登山事故のために夭折した仏国の青年数学者Herbrandである。即ち(I)の証明が、§9.6の単数定理と§11.1の「レンマ」とによって、一般次数nに関して可能になったのはHerbrandの寄与である。


(高木貞治『代数的整数論』第13章 基本定理)

私は1932年にインドから帰って来て、シュヴァレーとしばしば会っていた。彼はエコール・ノルマルを出て類体に関する学位論文を完成する所であった。登山事故でわれわれの友人であったジャック・エルブランがわずか二十三歳で1931年になくなってから、フランスで数論に興味を持っているものはわれわれ二人しか居なかった。


(アンドレ・ヴェイユ『数学の創造』[1932c]代数曲線の数論の一定理)

ほかにベルヌーイ数(あるいはゼータ関数)とイデアル類群についてのエルブラン・リベットの定理(これも整数論に関する定理)の仕事もある。

以下、エルブラン商とエルブラン補題のまとめ。もともと類体論の証明の一部に使われたものなので、これだけ見てもこういうことを考える意図は全然判らない(例えば小野孝『数論序説』では2次体を考察するときに使われている)。

  1. (おそらく)オリジナルに近い形
  2. 巡回群のコホモロジー
  3. 類体論の証明で使われているところ

1. (おそらく)オリジナルに近い形

高木貞治『代数的整数論』で述べられているエルブラン補題の内容をまとめると、次のことが主張されている。おそらくエルブランのオリジナルのものと同じか近い主張のはず。高木『代数的整数論』では「エルブラン商」という言葉は使われていない。

エルブラン:
可換群Aのふたつの自己同型写像A \to^{f} AA \to^{g} A
f \circ g =0, \quad g \circ f =0
となるとき、つまり
 {\rm im} g \subseteq \ker f, \quad {\rm im}f \subseteq \ker g
となるとき、
\frac{\left[\ker f \; : \; {\rm im} g \right]}{\left[ \ker g \; : \; {\rm im} f \right]}
エルブラン商という。
これをQ(A)で表すことにする。
[A:B]は、部分群Bの、Aに対する指数(=剰余類A/Bの要素数)を表す。(A:B)と書かれることもある。
Aの部分群Bについても、写像を制限することでB \to^{f} BB \to^{g} Bが決まり、Q(B)が得られる。
エルブラン補題:
可換群Aとその部分群Bに対してQ(A)Q(B)が定義され、部分群の指数[A:B]が有限とする。このとき
Q(A)=Q(B)
が成り立つ。
この補題によって、ある群についてQ(A)を求める問題が、それより簡単な構造を持った部分群BをうまくとったうえでQ(B)を求めることに帰着される。

2. 巡回群コホモロジー

(エルブランの論文(と彼の死)は1931年。群のコホモロジーが定義されたのは1940年代)
Gと、群Gが作用している可換群Aがあるとき、群のコホモロジー

H^0(G,A), \; H^1(G,A), \; H^2(G,A), \; H^3(G,A), \; \ldots
が定義される。特にG巡回群の場合は、
\left(H^0(G,A) \, \simeq \right)\, H^2(G,A) \, \simeq \,  H^4(G,A) \, \simeq \, \cdots
および
H^1(G,A) \, \simeq \, H^3(G,A) \, \simeq \,  H^5(G,A) \, \simeq \, \cdots
が成り立つ。(追記: 通常の群のコホモロジーの定義では、H^0(G,A)については同型にはならない。鎖複体の定義の変更が必要。)
以下G巡回群とする。
エルブラン:
巡回群Gがあり、可換群Aに作用しているとする。
巡回群Gの生成元\sigmaを使ってA \to^{f} AA \to^{g} Aを定義する。
Aの演算を加法の形で書いた場合、
f(x) = \sigma(x)-x \\ g(x) = x + \sigma(x) + \cdots + \sigma^{n-1}(x)
と定義する。Aの演算を乗法の形で書き直せば、
f(x) = \sigma(x) \cdot x^{-1} \\ g(x) = x \cdot  \sigma(x) \cdots  \sigma^{n-1}(x)
となる。
このfgについて {\rm im} g \subseteq \ker f, \quad {\rm im}f \subseteq \ker gが成り立っているので、写像の列
A \to^{g} A \to^{f} A \to^{g} A \to^{f} A \to^{g} A \to^{f} \cdots
から、コホモロジー
 \begin{eqnarray} H^0 & = &  \ker f / {\rm im}g \\ H^1 & = & \ker g / {\rm im}f \\ H^2 & = &  \ker f / {\rm im}g \\ H^3 & = & \ker g / {\rm im}f \\ & \vdots & \end{eqnarray}
が定義できる。こうして定義されたH^{0},H^{1},\ldotsは、群のコホモロジーH^0(G,A), H^1(G,A),\ldotsと一致する。
エルブランQ(A)は次のように定義される。
Q(A) = \frac{h^{0}(G,A)}{h^{1}(G,A)} \, = \, \frac{\sharp H^{0}(G,A)}{\sharp H^{1}(G,A)} \, = \, \frac{\left[\ker f \; : \; {\rm im} g \right]}{\left[\ker g \; : \; {\rm im} f \right]}
群のコホモロジーに関する部分は気にせず
Q(A) \, = \, \frac{\left[\ker f \; : \; {\rm im} g \right]}{\left[\ker g \; : \; {\rm im} f \right]}
という部分だけ見ると、オリジナルの定義と同じ形をしている。
エルブラン補題:
Gの作用している可換群の短完全系列0 \to A \to B \to C \to 0について、
Q(B) = Q(A)Q(C)
となる。
特に群Aとその部分群Bについては0 \to B \to A \to A/B \to 0となるので、
 Q(A) = Q(A/B) Q(B)
となる。さらに、A/Bが有限のときは、
Q(A) = Q(B)
となる。
例えば有限のAとその部分群B=\{0\}に適用すればQ(A) = Q(B)かつQ(B)=1となる。よってAが有限の時はQ(A)=1となる。

3. 類体論の証明で使われているところ

上で引用した

即ち(I)の証明が、§9.6の単数定理と§11.1の「レンマ」とによって、一般次数nに関して可能になったのはHerbrandの寄与である。

の(I)式は、

\frac{[ {\rm H} \; : {\rm E}^{1-s}]}{[ \epsilon \; : \; N {\rm E}]} = \frac{n}{2^{\rho}}
というもの。これだけ見ても何のことだか意味不明だけど、この式の左辺がエルブラン商によって表される。
式の左辺は、巡回拡大体K/kの単数群Eを使って、
\frac{[ {\rm H} \; : {\rm E}^{1-s}]}{[ \epsilon \; : \; N {\rm E}]} = \frac{\left[\ker g \; : \; {\rm im} f \right]}{\left[\ker f \; : \; {\rm im} g \right]} = \frac{1}{Q(E)}
となる。
ここでふたつの関数E \to^{f} EE \to^{g} Eは、エルブラン商のふたつめの定義に出てきたもので、G = {\rm Gal}(K/k)の生成元を使って定義されている。この生成元は(I)式ではsと表記されている。

エルブラン補題を利用すれば、エルブランQ(E)の計算を、Eの何らかの部分群E'についてのエルブランQ(E')の計算に帰着できることになる。